『海難1890』公開目前 田中監督に聞く
いよいよ5日に全国公開される日本トルコ合作映画『海難1890』。125年前に串本町沖で座礁したトルコ軍艦の乗組員を町民が救助した「エルトゥールル号海難事故」と、その95年後のイラン・イラク戦争時、トルコ航空によるテヘランの邦人救出劇を軸に、両国の友好の絆が描かれる。公開を目前に控え、田中光敏監督(57)に撮影秘話や作品への思いを聞いた。
――映画のテーマは〝真心〟。串本町でのエピソードは
トルコの俳優がまちで道に迷ったとき、地元の人たちが声を掛けてくれ、車で宿泊先まで送ってくれたそうなんです。「日本には何て親切な人がいるんだ」とみんな感激していました。ロケ現場では地元の方が炊き出しでトルコ料理を振る舞ってくれたり、宿泊先では婦人会の皆さんがトルコ伝統の踊りで歓迎してくれたり。ある飲食店で食事をした翌日には、店主が寒い中、熱々のコロッケ200個を差し入れてくれました。そんな温かいもてなしの心を感じることが何度もありました。
――映画化は、10年前の田嶋勝正町長からの手紙がきっかけでしたね
大学時代の同級生である町長にこの話を聞いてから、日本人として、誇るべき物語を映画で残したいと強く思いました。ただ、それには大きな壁がたくさんあって、企画書を手配りして協力を求めることから始めました。僕は当初、映画になる確率を聞かれて1%だと答えたんです。国が支援してくれる、これほど大きな事業になるとは思いも寄りませんでした。両国の映画史上、これまでになかった大きなプロジェクトになったと思います。
――串本町の印象は
串本には、世界に誇れる美しい風景と人を思う心があります。撮影を終えた時、トルコ人が見てもすごいと思えるような、説得力のある映像が撮れたと確信しました。嵐の映像が撮りたい時には海が荒れ、夕日が欲しいときには美しい夕日…。不思議なことに、撮りたい時に撮りたい映像が撮れたんです。何か見えない力が味方してくれている気がしました。
エキストラの皆さんが船の遺品を回収するシーンでは、地元の方たちが「これを海から引き上げるだけで泣けてくる」と涙を流して言うんです。串本には両国の友情が受け継がれていて、彼らは自分たちの先人がしたことに誇りを持っている。それは樫野の人だけでなく、日本人が誇りに思うことだと感じました。
――エ号遭難事故から95年後、トルコ航空の邦人救出劇が描かれています
単なる恩返しの美談にはしたくなかったんです。目の前に困っている人がいれば助けるのは当たり前。そんな125年前の樫野の人たちと、同じ思いを持ったトルコ人がいたんだと知ってほしかった。そういう思いを持った国民同士だからこそ、今日まで友情が続いてきたんだと思います。
僕の役割は先人たちが残してくれた平和へのメッセージを映画で伝え、次の世代へバトンを渡していくこと。トルコと日本以外の国にも温かいメッセージが伝われば、素晴らしいことだと思っています。