家康紀行(28)三ヶ日と和歌山有田の交流と絆
前号より、浜名湖北岸の三ヶ日地区で盛んなみかん栽培の歴史を後世に伝える「みかんの里資料館」について取り上げている。
同資料館の管理を行う男性職員が語ってくれた、三ヶ日地区と和歌山有田地区の交流を紹介したい。
今から約30年前。みかん農家を営む男性のもとに、地元の商工会から「和歌山でみかん栽培が盛んな有田地区の農家と交流会をするが参加しないか」と誘いがあったという。
温州みかんの出荷量で競い合う立場にある静岡と和歌山。ブランド力の高い有田へ行っても、どうせ静岡から何をしに来たのかと思われるのだろうと乗り気ではなかったが、有田は三ヶ日と地形が似ていることもあり何か得るものがあればと和歌山への訪問を決めた。
和歌山を訪れてみると、敵対心を感じることなど全くなく、よく来てくれたと歓迎を受け、害虫対策から高値をつけるための品質管理に至るまで、包み隠さず教えてくれた。
有田の方々は品質の高いみかんを作りたいという思いにあふれ、お酒を交わしながら互いに本音で話すことができた。温かい心をもち、熱心な人たちだと感動したことが忘れられないと力説してくれた。
同資料館の裏手にある広場へ行ってごらんと男性は言う。そこには青々と茂った紀州みかんの木が2本植わっていた。三ヶ日のみかん栽培の原点といえる紀州みかんを、今も大切に育て、秋になると資料館を訪れる子どもたちが収穫し食べてもらう。歴史を伝える教材としても大切な存在であるという。
偶然、江戸中期に始まった両県の御縁。同じ思いをもつ者同士がさらなる高嶺を目指す。互いを知り、交流することで生まれた絆が、日本の温州みかんの価値向上につながっている。
(次田尚弘/浜松市)