高校野球の生みの親 俳人・田村木国
俳句界の発展とスポーツ振興に功績を残したとして、和歌山文化協会(楠山繁会長)は本年度の第65回先覚文化功労者顕彰に、かつらぎ町出身の俳人で、全国高校野球選手権大会を発案・実行した田村木国(もっこく、1889~1964)を選んだ。22日には和歌山市のホテルアバローム紀の国で顕彰式典があり、楠山会長から、遺族代表で、木国が主宰した「山茶花(さざんか)」を継承した4代目主宰・大阪芸術大学教授の三村純也さんに顕彰状と記念品が贈られた。
木国は中学時代から俳句に親しみ、行友李風らと「洗堰吟社」を結成。高浜虚子に師事し、大正6年に「ホトトギス」同人に推挙。11年には野村泊月や皆吉爽雨、阿波野青畝らと俳誌「山茶花」を発刊。山口誓子らとともに関西で最大の俳誌に発展させ、主宰となり活躍した。
また大阪朝日新聞社に入社。全国中等学校優勝野球大会(現全国高校野球選手権大会)の開催を発案し、成功へと導いた。昭和26年に「全国高校野球の生みの親」として日本高等学校野球連盟から功労賞を受けている。
式典は尾花正啓市長や日本高野連関係者ら来賓を迎え、約130人が出席。顕彰実行委員長の桑島啓司さんが「紙も貴重だった時代に句集もたくさん発行し、俳句への情熱は強かった」と、心に残る句を挙げながら業績を紹介した。
木国の子息とも交流のあった三村さんは「1歳で大阪へ住居を移したが、名前の木国は、紀の国。ふるさと和歌山への思いは生涯心のどこかに持ち続け、俳句の道に精進されたのだろうと思います」と感謝を伝えた。