熊野に伝わる民話の数々 古座川町 「滝の拝」
前号では、世界で唯一の「川の参詣道」である熊野川について取り上げた。これらの範囲ではないが、紀南には他にも魅力的な川の文化がたくさんある。今週は、古座川の支流にあり、県の文化財で名勝・天然記念物に登録されている「滝の拝」を紹介したい。
「滝の拝」は古座川町役場から北へ約15㌔。古座川沿いに走る県道43号線を北上すると、突如、大小さまざまな奇形の岩穴が続く川床が現れる。一部が水路になっており、落差約8㍍の滝も存在する。この時期は滝つぼに集まるアユを釣ろうと、地元の漁業関係者らが糸を垂らす。伝統の漁法で、アユを餌や囮(おとり)を仕掛けず、釣り針をアユに引っ掛けて釣り上げる「トントン釣り」が用いられ、長い竿を巧みに操る光景が見られる。
滝の拝には、古くから伝わる民話がある。その昔、この付近に住んでいた「滝之拝太郎」という侍が、刀を滝つぼへ落としてしまい、滝つぼへ潜ったところ、滝の主というきれいなお姫様たちが太郎を歓迎してくれたという。夢中で遊んでいた太郎だが、ふとわれに返り現世に戻ろうとしたところ、落とした刀に添えて、丸く大きな石を土産にもらった。現世へ持ち帰ったところ、それまで滝つぼから聞こえてきた雷のような音が静まったという。その石は、近くの金比羅神社の境内に置かれ、今もなお、滝の主と共にまつられている、という話だ。
他にも古座川周辺をはじめ熊野には数多くの民話が存在し、どれもその地域らしく、作り話ではないような感覚を受けるのは筆者だけだろうか。この夏、涼を求めて熊野を訪れ、地元に伝わる民話にふれてみてはどうだろう。
(次田尚弘/和歌山)