家康紀行⑦歴史的眺望「ビスタライン」
前号に続き、徳川家の菩提寺で歴代将軍の位牌を祭る大樹寺(だいじゅじ)の歴史と岡崎市の文化を紹介したい。
家康が家臣らに残した「位牌は大樹寺へ安置せよ」との命に始まり、代々の将軍の位牌が納められていることは前号で取り上げた通りであるが、寛永18年(1641)三代将軍・家光が家康の17回忌を機に伽藍の大造営を行う際「祖父生誕の地を望めるように」との思いを込め、本堂から山門、総門を通してその中心に岡崎城を望むよう伽藍を整備。歴代の岡崎城主は天守閣から毎日、大樹寺に向かい拝礼したという。
370年の時を超え、現在もなお総門(現在は小学校の南門として使われている)越しに岡崎城を望むことができる。その距離は約3㌔㍍。長年、法律や条例による建築物の規制はなかったものの、家光の思いを理解する市民らの配慮により眺望が遮られることはなかった。大樹寺の前に位置し総門がある小学校ではこの眺望を守るため校舎と体育館を結ぶ廊下を地下に配置するほど。
長年、市民の善意により守られてきた歴史的眺望を後世にも残そうと、岡崎市はこの直線を「ビスタライン」と名付け、「岡崎城と市街地が一体となって調和する景観の魅力を高める」という意思のもと景観配慮指針を定め、近景・中景・遠景それぞれに保全区域を設定。一定の高さを超える建造物や工作物の新築、増改築、外観を変更する修繕や模様替え、色彩の変更を行う際は景観協議を必要とする制度を設け、景観保全に乗り出している。
岡崎市民へのアンケートによると、ここからの眺めは岡崎を代表する景色の最上位にランクインしているという。地域の誇りを守り抜こうとする市民の意識の高さに感銘を受けた。
(次田尚弘/岡崎市)