創り出された「日本犬」 熊楠研究者が著書
今月18日に生誕150周年を迎えた和歌山市出身の博物学者・南方熊楠の研究者である京都外国語大学非常勤講師の志村真幸氏が、『日本犬の誕生 純血と選別の日本近代史』を出版した。日本固有の犬種の保護・飼育を目指した昭和初期の運動について、運動に参加した愛犬家・平岩米吉と熊楠の対話を基点としてひもといている。
「絶滅危機にある日本犬を守らねばならない」として、日本固有の犬種の保護・飼育を目指し、昭和3年に斎藤弘や平岩ら愛犬家の手で「日本犬保存会」が設立された。彼らは真正なる「日本犬」の姿を追い求め、淵源を探り、日本犬を天然記念物に指定することで純血種の保存を図っていったが、実際には日本犬になれた犬となれなかった犬があり、例えば土佐犬などは排除された。同書では、その線引きが誰によって、どのように行われたのかなどを追究している。
当時の日本は大陸に進出し、太平洋戦争へと向かう時期。「日本犬」の存在も時代情勢に大きく影響されていった。日本犬の本物の姿は祖先であるオオカミを調べることで明らかになると考えられ、原種の持つ原始性や精神性が日本的とされたという。
渋谷駅前に銅像が設置された忠犬ハチ公をはじめ、昭和初期には多くの忠犬が生まれており、「我々が日本犬の特質・美徳とみなすこれらの諸要素は、実は近代になってつくられ、広められていったものなのである」(序章)と説く。
熊楠については、彼が暮らした紀伊半島が日本犬の代表品種「紀州犬」の産地であり、ニホンオオカミが最後まで生存した地域でもあることや、熊楠が犬好きで、生涯に多くの犬を飼っていたことなどを紹介。平岩が主宰した雑誌『動物文学』への寄稿を依頼され、数本の論文を寄せていることなど、平岩との関係がつづられている。
志村氏は「本書を通じて、人間の欲望にふりまわされ、勝手なイメージを押しつけられてきた、犠牲者としての犬のことを、いくぶんなりとも理解していただけたなら幸いである」(あとがき)と記している。
B6判230㌻。定価2400円(税別)。勉誠出版刊。