市民会館で最後の公演 バイオリン寺下さん
和歌山市伝法橋南ノ丁の市民会館が9月30日で閉館した。28日には、42年の歴史の最終公演として、同市出身で国際的に活躍するバイオリニスト・寺下真理子さんが小ホールでコンサートを開催。名器ストラディバリウスを初めて演奏し、和洋の音楽がコラボレーションする新境地の企画で、多様なジャンルの文化・芸術活動が交わり、広がってきた拠点の締めくくりを飾った。
市民会館は1979年7月に開館。市民をはじめ、プロ、アマチュアを問わず市内外のアーティスト、文化団体などに広く愛され、和歌山の文化活動の中核を担ってきた。
寺下さんも市民会館を長く演奏活動の場としてきた音楽家の一人。この日の公演でも「小さい頃から何度も舞台に立ち、苦楽をともにし、成長させていただいた思い出深いホールです」と語った。
コロナ禍でアーティストは演奏会の中止が相次ぎ、聴衆は生の音楽を体感する機会が奪われる中、大切な地元の人々に楽しんでもらおうと今回のコンサート「和洋折衷~故郷を想ふ~」を企画し、白寿生科学研究所の特別協賛、和歌山音楽愛好会フォルテの協力で実現。さらに、限られた演奏家しか手にすることができないストラディバリウスを㈱日本ヴァイオリンから貸与され、初演奏する機会となった。
第1部は、ピアノの北端祥人さんとのデュオでブラームス「ハンガリアン舞曲第5番」、バッハ「G線上のアリア」、サラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」などクラシックの名曲を演奏。深く豊かに膨らむ低音、伸びやかで輝かしい高音、寺下さんが培ってきた音色が名器によってさらに高められ、響き渡った。
第2部は、中棹三味線の尾上秀樹さん、箏の大川義秋さんが加わり、県民におなじみの童謡「まりと殿様」やモンティ「チャルダッシュ」などを演奏。和に溶け合う洋、洋を彩る和の新たな音楽世界がホールに広がった。
会場は、新型コロナ対策で空けた席以外はほぼ満席。歴史ある会館の掉尾を飾る充実した演奏に、盛大な拍手が鳴りやまなかった。
「育ててもらった」 思い出いっぱいの利用者
終演後も、市民会館との別れを惜しんで館内を散策する聴衆の姿が見られた。
同館の開館当時から数え切れないほど利用してきたという和歌山市の合唱指揮者、髙瀬優佳さん(59)は「当時、和歌山にこんな大きなホールができてすごいと思いました。最後と思うと泣けてきました」と目を潤ませた。
出演、指導だけでなく、公演の裏方なども何度も務め、館内の隅々までよく知っている。4階の窓から眺める和歌山城、紀の川に沈む夕日の美しさも忘れ難いという。
「私のように、ここで育ててもらった人がたくさんいます。立派で身近な、県外にも誇れるホールです」とあふれる感慨を語った。
娘の真里奈さん(27)も子どもの頃から合唱の舞台に立ち、聴衆としても繰り返し訪れてきた。「思い出がいっぱいで言葉になりません。名残惜しいですが、最後に寺下さんのストラディバリウスを聴いて、市民会館の響きを心に刻むことができて良かったです」と話していた。