本家「海南音頭」復活へ 13日に高校生ら披露

保管されていた楽譜や振付資料
保管されていた楽譜や振付資料

♪ 日限ざくらに 港はあけて ひらく和傘の 白い花――。演歌歌手の三波春夫さんが歌った「海南音頭」。かつて海南市内の盆踊りなどでよく使われながら、最近はあまり耳にすることの無くなった音頭を復活させようと、13日にショッピングタウンココ跡地などで行われる、ふるさと海南まつりで、海南高校の生徒たちが盆踊りで披露する。

海南音頭は、海南商工会議所が地元を盛り上げようと、1958年(昭和33)に制作。高井みたび作詞、上山玄海作曲。当時、デビュー間もない三波さんが歌った。歌詞には黒江や日方川、棕櫚や筆捨松など旧海南市の地名や産品が登場。レコードには4番までが収録された。振り付けもあり、下駄市などの祭りで市民が歌い踊った。

しかし、音源がレコードのみだったことや「新・海南音頭」の登場などで次世代への継承の機会が減り、今では覚えている人の多くは70代以上となっている。

10年ほど前、神出政巳市長が「母親がよく歌っていた」とあるイベントで同音頭を歌唱。黒江が地元の市議、池原弘貴さんは「海南音頭って何だろう」と調べ、古くから伝わる同音頭であることを知ったという。

また、黒江地区に住み、歴史や文化をよく知る故・武田正一さんが海南音頭の原版レコードを持ち、また、同時期に近隣の90代の男性からも同音頭を復活させてほしいとの依頼があり、池原さんと武田さん、男性の3人は復活に向けて2021年にプロジェクトを立ち上げた。

レコードからカセットへ、カセットからCDに音源をとり、広く聴いてもらえるようになった。より親しみを感じてもらおうと、海南市立第三中学校の吹奏楽部に演奏を依頼し、カラオケバージョンも完成させた。

さらに、踊りも復活させることになったが、完全に振り付けを覚えている人が見つからず、活動は困難を極めた。そこで、武田さんが大切に保管していた資料から、同音頭の振り付けのイラストを解読し復活を試み、試行錯誤を重ねた。 

そして、踊りはついに完成。昨年の下駄市で初披露した。池原さんは「武田さんが資料やレコードを大切に保管していてくれたことに感謝。復活してうれしい。少しずつ広がっていて、これをつないでいきたい」と話している。

また、海南高校生から音頭を教えてほしいと依頼があり、現在練習に励んでいる。13日午後4時~9時のふるさと海南まつりで披露。「一緒に踊りましょう」と大勢の参加を呼びかけている。