和歌浦の記憶呼び覚ます 松原さん初写真集

生まれ育った和歌山県和歌山市和歌浦を70年にわたって撮り続ける写真家の松原時夫さん(81)が、初めての写真集『水辺の人』を、道音舎(みちおとしゃ)から発刊した。1955年から69年にかけて、和歌浦や田ノ浦、雑賀崎で写した約90枚を収録。漁師町の人々の生き生きとした暮らしぶりが、モノクロ写真で鮮明によみがえる。

和歌浦干潟の海苔づくり、木舟で沖に出る漁師、頭に荷物を載せて歩く女性、旧正月を着物姿で祝う子どもたち。今はもう見ることができなくなった光景も多い。どれも生活感があり、会話や暮らしの息遣いまでもが伝わってきそうな貴重な記録だ。

写真集としていつか形にできればと思いながらも、発刊できずにいた。仲間に見せていた膨大な日々の記録が、出版社の目に留まった。「作品としていいものを一緒につくりたい」。ものづくりを大切にする編集者のひとことが決め手となった。

カメラとの出合いは小学校6年の頃。グリコのおまけで、おもちゃのカメラを手にしてから。母親の順代(のぶよ)さんを撮影したのが、写真人生の始まりとなった。そんな記念すべき一枚目から現在までのネガフィルムは全て大切に保存している。

写真集に収められているのは、1960年代が中心。15歳から29歳の頃に撮影したもので、そこに写る人たちの個性がにじみ、表情が生きている。「この時代のお年寄りは、みんな顔つきがいい。この女性なんて、ちょっと粋でしょう?」

海のそばでたたずむ老人、青空の下での散髪の一こま、銭湯に憩う赤ちゃんやお年寄り――のんびりと流れる時間の中で、何ということのない、でもどこか愛おしい日常が刻まれている。

写真を通じて、地元の人が60年前の自分に出会ったり、懐かしい思い出がよみがえり、会話が広がったり。時代を超えて記憶を呼び覚ますのが、写真の魅力の一つだと感じている。

「年配の方には『思い出の中にある懐かしい風景』、若い世代にとっては『初めて見る昔の和歌浦』かもしれません。和歌浦を知らない県外の人や外国の方の目に、どんなふうに映るのか楽しみですね」とほほ笑む。

被写体は「何でもあり」が信条。雲や流木、水たまりさえ、魅力的な被写体となる。一貫しているのは、生まれたまちを撮影すること。自転車で5分の距離にある庭のような場所を写すのが、長く続けられる秘訣(ひけつ)という。

ありふれた日常も驚きと感動に満ちている。毎日のように片男波の海岸へ行き、数年前からは砂浜に描かれたデッサン(波跡の造形)にレンズを向ける。

「自分が生まれたまちで、どれだけのものに出合い、発見して撮れるかがテーマ。日々撮り続ける中で、新しいものの見方や価値を見いだせればいいですね」

歴史や文化に恵まれた和歌浦。撮りたいものは無限にあり「一生かかっても撮り尽くせない」という。「明日、もっといい一枚に出合えるかもしれない」。温かいまなざしで、住み慣れたこのまちを記録し続ける。

写真集は1万円(税別)。問い合わせは道音舎(℡050・7124・5583)。

出版を記念した写真展が、17日から28日まで、同市十一番丁のギャラリーTENで開かれる。火曜日休廊。午前11時から午後5時(最終日は3時)まで。

 

漁師町に生きる人々を活写

 

和歌浦を撮影する松原さん