師から受け継ぐ経験と知恵 ハンタールポ㊦

晩秋から早春にかけてが最盛期のイノシシやシカの害獣駆除は、山の厳しい自然と人が対峙(たいじ)することも強いられる。イノシシが発見されるまで、山中の自分の持ち場で待機する時間が長いと、寒さで手足は凍える。人と猟犬の疲労を軽減できる効率の良い猟のためには、イノシシが確実に山中にいることを示す、新しい足跡の見極めが重要だ。

山肌についたイノシシの足跡の新旧を判別するのは非常に難しいが、有田川町の深瀬俊一さん(64)は20歳のころ、その見極めを当時70代だった中尾常楠さんに教わった。

修行1年目は常に随行し、「これは昨日の」「これは夕べのやぞ」などと中尾さんが示す足跡を丹念に観察し、その形や土の乾き方などを目に焼き付けた。

翌年からは、中尾さんが深瀬さんより一足早く、午前5時から山中に入り、懐中電灯を頼りに足跡を探し当て、頂上で待つというトレーニング法となった。6時に山のふもとに来るよう命じられた深瀬さんは、登りながら足跡を見つけ、頂上の中尾さんに報告できるかどうか試されるのだ。

中尾さんに「あったか?」と聞かれ、「なかった」と答えると、ふもとまで約30分の道のりを戻される。3度ほどそれを繰り返すと、「桜の木の根元をよく見ろ」などとヒントをくれた。深瀬さんは足跡の見極めを習得するのに、約10年かかったという。

足跡から「この辺りで(イノシシが)寝間を探しとる」とまで判別できた中尾さんだが、銃は不得手だった。銃の扱いや猟犬、山の知識については、それぞれ当時50代~70代だった松本健さん、松本哲さん、皆瀬貞弘さんらに教わった。

故郷の田辺市龍神村で活動していたハンターチームのメンバーを師匠に、古くから厳しい自然の中で野生動物と付き合ってきた「狩猟文化」にのめり込み、体得していった深瀬さん。40年以上の豊富な経験から身に付けたものは「鋭い勘」だという。

「厳しく、それぞれに完璧だった師匠のおかげで今がある」と感謝を話す深瀬さんは、5、6年に及ぶ猟師の見習い期間を終えた頃、持ち前の銃の腕前と優れた猟犬との出合いが相まって、猟期の捕獲頭数を飛躍的に伸ばした。

病気で亡くなった中尾さんに見てもらえなかったことが心残りだが、今では見習い当時に教わった師匠たちの技を超えることができたことが誇りだ。

今後も自分たちのチームで狩猟を続けていくという深瀬さん。経験に裏打ちされた巧みな技と狩猟文化を次代に受け継ぐことは、数多くの野生動物と向き合わなければならない、豊かな山を持つ和歌山にあって、重要性を増していく。
(この連載は檀上智子が担当しました)

山中で発見したイノシシの寝床

山中で発見したイノシシの寝床