和歌山の音楽支え42年 當仲清孝さん
和歌山市の繁華街・アロチのバーに、哀愁を帯びたラテンのメロディーが響く。伸びやかな歌声とともにギターを奏でるのは、マスターの當仲(とうなか)清孝さん(75)。42年前に市内に初のライブハウスをオープンさせて以来、和歌山に音楽を広め、一時代を築いてきた。2年前に脳梗塞になり、高次脳機能障害を抱えながらも、懸命にリハビリを重ねて復帰。「ステージに上がれば燃える性格。体が動くうちは続けたいね」――。音楽への情熱が原動力になっている。
中辺路町(田辺市)出身。中学でギターに出合い、高校でマンドリンクラブに所属するなど、音楽に親しんだ。大阪の大学へ進学後は、学費を工面するため、昼間はダンスホールでアルバイト。パーカッションの演奏で名だたるプロのミュージシャンと共演を重ねた。
大学卒業後は一時サラリーマンをしたこともあったが、当時、和歌山には若者が遊びに行くような場所が少なく、まちを活性化させたいと、33歳で和歌山市吉田のパルファンビルに市内初のライブハウス「BE・BOP(ビーバップ)」をオープンさせた。70人ほどが収容できるホールで、プロ・アマ問わず連日ライブを行い、自身もステージに立った。
体に異変を感じたのは2020年12月。携帯電話のメールを読もうとするも、内容が理解できない。それまでにも、物忘れや文字がうまく書けないなどの予兆はあった。脳梗塞と診断され、すぐに入院。点滴や飲み薬の治療に加え、退院後も1年間はリハビリに専念した。
症状は以前より改善されたものの、後遺症で物の置き場所を忘れたり、人の名前や固有名詞がすぐに出てこなかったりすることがある。音楽に関しては、体にしみついていることもあってか、譜面さえあればどんな曲でも演奏可能。唯一、漢字を読むのが難しいため、歌詞にはふりがなをうって補っている。
曲の入り方が思い出せず、當仲さんが「どないして演奏してた?」と聞くと、仲間はすかさず、昔の動画などを見せてフォロー。ひとたび音楽に入り込めば、声量も衰えず、かつてのギターテクニックは健在。店で演奏すること、お客さんと会話することが何よりのリハビリになっているという。
「生きがい」胸に再出発
ライブ出演の他、病気になる以前は、所属していたロータリークラブでバンドを組み、高齢者施設を訪ねて演奏を届けてきた。ラテン音楽を和歌山に根付かせた功績も大きい。ギターやキーボード、コンガやボンゴなど、さまざまな楽器を使いこなし、仲間からは「音楽の神様」と呼ばれる。演奏に感動して涙を流す人もおり、「自分の音楽で人が喜んでくれる。それがやっぱりうれしい。生きがいを感じられるから、まだ死ねないね」と笑う。
今は隣のビルに場所を移し、店名はそのままにバーとして経営。規模は小さくなったが、生演奏を楽しみながらお酒が飲める空間に、なじみ客が通う。
コロナ禍で経営は依然として苦しい。ただ「年齢を重ねた今も、飲みに来てくれるお客さんがいる。その人たちのためにも、店は閉められない」、そんな思いもある。
店はことし42周年を迎え、初めて記念の感謝祭を企画。「『42』という数字の並びは良くないが、あえて、死に物狂いでやってやろう、そんな気持ち。お客さんに『今も店があって良かった』、そう思ってもらえればうれしい」。
24日から31日までの連日夜間、當仲さんや音楽仲間が生演奏する。6000円(ドリンク、オードブル付き)。問い合わせは同店(℡073・433・3738)