秋の味覚「サンマ」の歴史

秋の味覚「サンマ」
秋の味覚「サンマ」

前号では、漁獲量に大きな影響を及ぼす「黒潮」と「しらす」の関係を取り上げた。9月に入り、秋の訪れを感じ始めたこの時期、旬を迎える魚が「サンマ」。今週は和歌山県におけるサンマ漁の歴史と紹介したい。

「秋刀魚」と書いてサンマ。秋を代表する魚として知られ、寒い季節への移ろいを感じさせてくれる。サンマ漁の歴史をたどると和歌山県が発祥であることをご存じだろうか。

サンマ漁の始まりは約300年前。熊野灘を主な漁場とし「サイラ」と呼ばれる大網を使った漁法が生まれ、和歌山県沿岸における主要な漁業として発展。江戸後期に外房や伊豆に広がり、明治になるまで約200年にわたり全国で用いられたという。

明治末期からは漁獲効率に優れた刺網漁が採用。大正に入ると漁船の動力化や大型化により操業できる範囲が広がり、沖合での漁業が盛んになっていった。

漁は光に集まるサンマの習性から日没から夜明けにかけて行われる。戦時中は軍の灯火管制などにより集魚灯の利用が制限されたことで漁獲量が激減。終戦後は漁獲量が回復。近年は漁をする船の総量を規制するなどさまざまな管理が行われている。

2022年の農水省統計によると、漁獲量1位が北海道(8121㌧)、2位が岩手県(2311㌧)、3位が宮城県(2044㌧)で北海道と東北地方が主。外房の千葉県(565㌧)や伊豆の静岡県(69㌧)もわずかながら漁獲があるが、統計上、和歌山県は0㌧となっている。

和歌山県では紀南を中心に親しまれる「サンマ寿司」や、和歌山市の雑賀崎で製造される「灰干しさんま」など、漁獲は無くとも伝統的な食材として現代に受け継がれている。サンマの魅力と現代に息づく伝統の味に触れていきたい。(次田尚弘/和歌山市)