被災文化財の修復を 多井さんネパール調査
県文化財センター文化財建造物課課長の多井忠嗣さん(49)が、昨年春のネパール大地震で甚大な被害を受けた文化財の被災調査(文化庁事業)に加わり、このほど帰国。ネパールは日本と同様木材を主構造とし、建物の造りに類似点も多い。地震被害で修復を繰り返してきた歴史も共通することから、多井さんは「高度な文化財保護の実績を誇る日本が果たせる役割は大きい」と、適切な修復や保全に向けた提言をまとめている。
多井さんが参加したのは、東京文化財研究所が文化庁から受託した「ネパールにおける文化遺産被災状況調査事業」。昨年11月末から1週間の日程で、日本工業大学や東京大学の教授ら専門家約20人が現地へ向かった。
多井さんはこれまで、紀伊半島大水害で被害に遭った熊野那智大社の災害復旧事業などを担当し、ベトナムのホイアンの文化財の支援業務に派遣された実績がある。
多井さんら建築班は、首都カトマンズにある世界遺産のダルバール広場とその周辺の建物の破損調査を担当。三重の塔「アガンチェン」を中心に、16世紀から20世紀に建てられた約30棟の建造物の被害状況を確認した。
周辺は王宮の寺院など世界遺産の構成物をはじめ、レンガ造りの建物が崩れ落ちていた。倒壊を免れた建物にはつっかえ棒が施され、痛々しい状態。現場では人命救助が優先されたこともあり、倒壊した部材が建物ごとに分けられず、複数の建物の部材が混ざった状態で山積みにされていた。
多井さんによると、ネパールには建物の調査記録を残す習慣がなく、これまでの補修では、彫刻材以外で使えるものは、本来の場所とは関係なく再利用されてきたようだという。また建物は最近の修理箇所を除き、釘を一切使っておらず、木部材の破損は少なかったが、どの部材同士が接合していたかが特定しづらい難点もある。
文化財の修復は歴史的価値を保持するため、建物の真実性を保つことが求められる。多井さんは、古材を適材適所で用いるネパールの従来の修理法では、世界遺産を構成する建造物としての基準を損ないかねないと懸念する。
そこで多井さんらは、建物の部材が放置されたままになっていたある寺院を調査対象に決め、一つずつ丁寧に部材を整理。今後の修復方法の構築にと、サンプルとしていくつかの部材を写真撮影し、実測して調査シートを作成した。現場で考古局やユネスコ関係者らを前に、どのような活用ができるのかデモンストレーション。部材の製作時期や位置、設計手法を知る手掛かりになる基礎的なデータを積み重ねていくことの重要性を説明した。
「単に日本の文化を持ち込めない部分もある。一方的な提案でなく、現地の人と意見交換を繰り返し、ネパールの伝統を評価した上で、この国に適した方法を構築していければ」と多井さん。
現場では、中国やアメリカなどが復旧支援に名乗りを上げ、修復が進められている建物もある。しかし、世界遺産としての価値を維持するためのガイドラインはなく、場当たり的な修理がされているのが現状という。多井さんは「世界遺産としての修復のルールづくりこそが、同じ建築文化を持ち、災害の被害を受け続ける日本だからこそできることではないか」と話している。
調査報告書は年度内にまとめて文化庁に提出。2月にはネパールの文化財行政関係者らを招き、東京で研究会が開かれる予定。