20年ぶり大回顧展 版画家・恩地孝四郎
和歌山ゆかりの版画家で、日本の抽象表現の先駆者として知られる、恩地孝四郎(1891―1955)=東京都出身=の特別展「抒情とモダン 版に重なるこころ」が、県立近代美術館(和歌山市吹上)で始まった。約20年ぶりの大回顧展。海外からの里帰り作品52点を含む版画243点を中心に、油彩や素描、写真、ブック・デザインなど、約400点を一堂に公開している。6月12日まで。
ことし1月、東京国立近代美術館でも開かれ、好評を博した展覧会。巡回先は和歌山のみで、貴重な機会となる。同館は日本で最も恩地の木版画を有することから、東京と併せて特別展の開催が決まった。
恩地の父親は橋本市出身。恩地は竹久夢二に影響を受けて画家を志し、東京美術学校に入学。1914年に、和歌山市出身の田中恭吉や藤森静雄と、木版画と詩の同人誌『月映(つくはえ)』を創刊した。
萩原朔太郎の詩集『月に吠える』の装丁と挿画も担当。装丁の斬新さでも評価を受け、その作品は1000冊を優に超えるという。
今展では、抽象表現の先駆けとなった「抒情『あかるい時』」、版画の普及に努め、浮世絵を意識して展開した具象的な作品なども並ぶ。
また、作曲家の山田耕筰とも交流があり、楽譜の装本を担当。「音楽作品による抒情」と題したシリーズでは、円や流線が生き生きと弾むように表現されている。
戦後は、布やひもなどを版画に取り入れた「マルチブロック」という手法でダイナミックに表現。同館の奥村一郎学芸員(43)は「実験的に新しい表現を追究し続けた人。創作版画の域を超えて、現代美術として版画を確立した開拓者」と話す。
米国のGHQ関係者が熱心に収集したため、戦後の作品の多くは海外に渡ったという。黒猫をテーマにした作品は、海外の別々の美術館で所蔵されていたものが今回4作品そろい、母親がわが子を抱えたような、丸みを帯びた球体を描いた「母性」なども並ぶ。
奥村学芸員は「これほど多くの恩地の作品が一度に見られる機会は、滅多にありません。版画の他、本の装丁やデザイン、写真と多ジャンルにわたり、当時の最先端を取り入れた作品が並び、今見ても新鮮で、新しい発見も多いはず」と話している。
問い合わせは同館(℡073・436・8690)。
◇
記念講演会や解説
フロア・レクチャー(学芸員の展示解説)は3日、22日、6月5日の午後2時から。記念講演会は8日、松本透さん(東京国立近代美術館特任研究員)が「抽象への方途」と題し、14日は桑原規子さん(聖徳大学教授)が「恩地孝四郎の実験精神:創作版画から現代美術へ」を演題に話す。いずれも午後2時から同館2階ホールで。