鈴木三郎重家を描く能 300年ぶり上演
和歌山県海南市藤白にルーツを持つ鈴木姓にちなんだ能『鈴木三郎重家』の公演が29日、東京都渋谷区の国立能楽堂であった。廃曲となり約300年上演されていなかった曲『語鈴木(かたりすずき)』を基に、東京のシテ方観世流能楽師の鈴木啓吾さん(54)が復曲。約400人を前に、藤白鈴木家出身の三郎重家に光を当て、主君に忠義を尽くし活躍した歴史の一幕を熱演した。
海南市の藤白神社境内にある「鈴木屋敷」は、122代続いたといわれる鈴木家が暮らした屋敷。鈴木家はこの地を拠点とし、全国で熊野信仰を広めたとされる。
啓吾さんは2016年秋に屋敷を訪れたが、目にしたのは老朽化し今にも倒壊しそうな状態。鈴木家の歴史や復元に向けた取り組みなどを聞き、能に携わる鈴木として何か役に立てないかと思案するなかで、鈴木にちなんだ『語鈴木』の存在を思い出した。鈴木屋敷や、歴史に埋もれた三郎重家を広く知ってもらおうと、また寄付を呼び掛けるための勧進能として上演を決めた。
復曲した『鈴木三郎重家』の物語は、源頼朝に追われ、奥州を目指す義経主従の一行に加わった鈴木三郎重家が、病床の母を見舞うため、海南市の藤白に一時帰郷。その後、一行に合流するため奥州を目指すも捕らわれの身となり、対面した頼朝に義経の正当性を滔々(とうとう)と語る。頼朝はその姿を気に入り、自らの家臣になるよう求めるが…という内容。
啓吾さんは頼朝に臆することなく言葉を尽くし、義経への忠義を貫く信念の重家を堂々と演じた。
また公演に先立ち、講談師の神田織音さんの新作講談『鈴木三郎重家―義経と重家の出会い』も披露された。
関東藤白鈴木会や、海南市の「鈴木屋敷復元の会」の神出勝治会長らも駆けつけ、「藤白鈴木会」の鈴木勲会長(88)=神戸市=は「800年前の先祖の姿が目に浮かび、鈴木姓の誇りを高揚することができた」と感慨深げ。鈴木屋敷復元の会の平岡溥己(ひろみ)事務局長(81)は「鈴木の歴史を能で復曲してもらい、大変感激。屋敷の復元に向けて大きな弾みになります」と感謝していた。
公演後、啓吾さんは「鈴木である私が鈴木姓に関する能を復曲させ、自ら演じることに意味があると使命感のような思いで演じさせてもらいました。せりふも多く動きも少ない演目ですが、とてもよい作品。ぜひ和歌山でも将来、謡の催しや能の上演をしたい」と話していた。
鈴木屋敷の復元事業は始まったばかり。復元費用約1億3000万円のうち半額の6500万円は国の補助を受け、残りは寄付での完成を目指している。