家康紀行(60)名古屋城本丸御殿の風俗図
前号では、本丸御殿の復元を願い名古屋市で開催されている「春姫道中」の背景から、和歌山市と名古屋市の深いつながりについて取り上げた。さらに「春姫」にまつわる両市の深い歴史が、復元された本丸御殿内部に存在する。今週は、春姫が輿入れした当時の和歌山市が描かれた風俗図を紹介したい。
本丸御殿内にある対面所。ここは藩主と身内の者同士が対面する場や、宴席の場として使用されていた。対面所には4室あり、そのうち「上段之間」と「次之間」の障壁には風俗図が描かれている。
上段之間には京都、次之間には和歌山を舞台に描かれた画が並ぶ。次之間には、紀三井寺、塩竃神社、玉津島神社、製塩風景、片男波、和歌浦天満宮、城下町のにぎわいが順に描かれている。名古屋城の初代藩主である徳川義直と春姫の婚儀の場として使用されたといわれ、一説には、故郷を離れた春姫を寂しくさせまいとの思いがあったとされる。
和歌山に縁のない拝観者からすれば壁画の一つにすぎないかもしれないが、和歌浦の高台から和歌山市内を見回した現代も変わらない風景の数々と、400年以上前の生き生きとした人々の暮らしが、名古屋の地で見られることに筆者は感動を覚えた。ぜひ、この感動をみなさんにも味わっていただきたい。
(次田尚弘/名古屋市)