家康紀行(72)ご当地のファストフード「おにぎり」
災害現場や避難所で提供される手軽な食べ物として重宝される「おにぎり」は、いわば、日本古来のファストフード。おにぎりは、地域の食文化を知る上で参考になるもの。今週は名古屋めしの一つとして親しまれる「天むす」の歴史を紹介したい。
天むすは小エビの天ぷらを具にしたおにぎり。1950年頃、三重県津市の天ぷら屋の賄い料理として生まれた。車エビの天ぷらを切り、おにぎりに入れたのが始まりとされ、現在は安価な「アカシャエビ」が使われている。
おにぎりの中にエビを包み込むのが初代の形であるが、昨今、一般的なのはおにぎりの上部に乗せられているもの。一目で見て天むすであると識別でき、のり巻きとのコントラストが食欲をそそる。食す前からそのおいしさを目で楽しませる仕掛けは、ご当地ならではの工夫なのだろう。
なぜ、名古屋で天むすなのか。伊勢湾はエビの漁獲高が多く、物流網が発達する前は地域内での早めの消費が不可欠。車エビを使った名古屋めしの代表格「エビフライ」の存在にも関係する。
三重県北部から広まった天むすであるが、三重県南部の熊野地方(東紀州)から和歌山にかけての紀伊半島で親しまれてきたのが「めはりずし」。握り飯を高菜の葉で包んだ、読者の皆さまもおなじみの郷土料理。山仕事や農作業へ出掛ける際に持参し、その大きさやおいしさからその名が付いたといわれる。
作りの簡便さと持ち運びが容易であること、作業の合間でもボリュームと栄養を摂取できることが、この地域でのファストフードとして根付いたもの。
地域の身近な食材や人々の暮らしから生まれるおにぎり。そこから地域の歴史と文化が見えてくる。
(次田尚弘/名古屋市)