紀三井寺に般若心経 書家の松村さんが奉納

和歌山県和歌山市出身の書家、松村博峰さん(55)が、新型コロナウイルス感染症の終息を願って書き上げた「般若心経」(1・56㍍×3・5㍍)を同市の紀三井寺に奉納した。松村さんは「私たちが今ここにいるという一期一会の精神を大切に、前向きな気持ちを保ち続けていきたい」と話している。参拝者は自由に拝観できる。

松村さんは、市内で撮影され2016年に公開された映画『ちょき』の題字を手掛けたことでも知られる。5月に大阪市立美術館での展覧会に出品予定だったが、新型コロナの影響で展覧会は中止に。さまざまなイベントがなくなり、活動が制限される緊急事態宣言下で、書を通して自分にできることはないか自問したという。

そんな中、20年前にも書を奉納したことで縁のあった紀三井寺の前田泰道貫主が、日々の勤行を動画配信していることを知った。予測しがたいことに対する心の在り方について説く前田貫主の言葉に心打たれて書の奉納を思い立ち、4月に書き上げたという。

松村さんが今回の書のモチーフにしたのは、中国で聖地とされる山東省の泰山の岩に刻まれた巨大な経文「泰山経石峪金剛経(たいざんけいせきよくこんごうきょう)」。6世紀後半の北斉の時代に造られたもので、当時は仏教が激しい弾圧を受ける中、僧侶たちが仏の教えを後世に残そうと、消すことのできない巨大な文字を刻んだといわれている。

その書体は楷書と隷書(れいしょ)を合わせたような「楷隷体」と呼ばれる特徴的なもので、厳しい時代状況とは裏腹に、おおらかで天真らんまんな表現がなされている。

松村さんは「コロナで閉塞感が漂い、苦しさの中から人々が立ち上がろうとしている今の時代に重なるものを感じた」と、この書体を選んだ理由を話す。

同寺で書に魂を入れる儀式を終え、「(般若心経にある)『観自在』の言葉のように、あるがまま、観(おも)うがまま、観ずるがままに現状を受け入れ、安らえる郷土のために書に精進したい」と思いを新たにしていた。

前田貫主は「般若心経は尊いお経です。この世の中をいかに渡っていくか、人間のための智恵を問い掛けています。この教えを胸に、コロナをはじめ天変地異や災害などの困難を生き抜いていければいいですね」と話した。

奉納した般若心経の書の前で松村さん

奉納した般若心経の書の前で松村さん