「限界までやり切った」 8月退任の尾花市長語る

12年間の市政運営を振り返る尾花市長
12年間の市政運営を振り返る尾花市長

8月24日の任期満了で退任を表明している和歌山市の尾花正啓市長が、3期12年間の市政運営を振り返る記者会見を開いた。尾花市長は「自分の限界まで本当にやり切った。全く悔いはない」と述べ、財政再建と公約実現の両立、大学誘致、コンパクトシティ化、子育て支援の充実などを主な成果に挙げる一方、コロナ禍によるマイナス影響などにも言及。市の今後の発展に期待を寄せた。主な質疑は次の通り。



――市政運営の最も大きな成果と、実現する上で特に重視した考え方は。

1点目は「公約の実行と財政再建の両立」だ。市長就任時の市の借金は3000億円以上あった。「産業・街・人を元気にする」ために44の公約を掲げたが、財源確保のため徹底的に国費を入れ、有利な財源を活用する知恵を絞った。現場を見て事業をチェックし、歳出削減も図った。11年間で実質的な地方債残高を約332億円減少させた。

2点目は「県市協調の徹底」。県市政策連携会議を通じて、コンパクトシティの推進、中心市街地の活性化、大学誘致などを一体的に進めてきた結果、中心市街地への転入超過が継続し、地価も下落から上昇に転じた。

3点目は「大学誘致」。県外進学率が全国ワースト1位の状況を変え、若者の定着と地域に必要な看護師、保育士などの専門人材の育成を目的に、5大学・学部を誘致できた。県内就職率も大きく向上し、学生がボランティア活動や地域の祭りなどに参加し、街を元気にする副次効果も大きかった。

4点目は「中心市街地の活性化」。市民図書館を市駅へ、文化拠点の和歌山城ホールを城前に持ってきて、本町公園を民間で活用してもらえるようにした。民間の方もイルミネーションや屋台村などの活動にどんどん参加してくれたことがありがたかった。

5点目は「教育環境の向上と子育て支援の充実」。学校の空調整備や校舎の老朽化対策を、国の国土強靭化予算を活用して一気に進めた。子育て支援では、子ども医療費の無償化を段階的に高校卒業まで拡大し、小中学校の給食費無償化や中学校の全員給食も実現できた。



――困難と感じた局面や重要な決断は何か。

一つは山口地区の産業廃棄物最終処分場問題。2011年から続き、地元の反対が大きかった。現地に何度も行き、地元の方、事業者の声も聞き、徹底的に審査した。事業者の許可申請に対して35カ所の補正を求め、回答がなかったため、申請を拒否する形で実質不許可の決着ができた。

コロナ禍への対応では、保健所設置市として感染者の確認やワクチン接種などを一生懸命したが、人口が多いので、全部局の職員を総動員した。本当に大変な3年間だった。

六十谷水管橋の崩落では、生活必需品である水が断たれ、いち早く復旧のめどを立てることが大事な中、巨大な水道管を数多く集めるのが大変だった。1週間で復旧できたことは本当に多くの人の協力のおかげだ。



――課題だと感じていること、やり残したことは。

コロナ禍の影響が大きい。19年までは市内の人口社会増を46年ぶりに達成するなど順調だったが、コロナ禍以降、民間企業の本社回帰が進み、物価高騰や資材高騰などで民間投資が難しくなった。ホテル誘致なども積極的に進めたが、あと少しというところで、なかなかうまくいかない。



――自身はどんな政治家か、12年間の自己採点は。

自分は実務家、現実主義者だと思っている。土木技術者なので、何かを作っていこうとする方向で、そのために現場を徹底的に見るようにしてきた。コロナ禍までは土日もほとんど現場に出ていた。点数は自分で評価するのは難しいが、自分の限界まで本当にやり切った。全く悔いはない。



――市長を12年間してきて良かったと思うことは。

県職員時代もほとんどが和歌山市に関する仕事をやってきて、こんなことをやりたいというものがたくさんあった。たまたま市長選に出ることになり、それを実現できるということで、毎日がすごく楽しかった。この課題はどうしたらいいかと考えていくこと自体が楽しく、市民の皆さんに少しでも幸せになっていただけたらという思いでやってきた。

市民から「職員が親切にしてくれた」「熱心に制度を教えてくれた」といった感謝の手紙をいただくことが増えた。私が「最初からできないと言わず、できる努力をしよう」「市民の視線に立とう」と言い続けてきた中で、職員の意識も変わってきたと感じ、うれしかった。



――退任後の予定は。

一般市民として、政治活動からは身を引いて、静養も兼ねて農業などもできたらと思っている。