江戸時代に栄えた「干鰯」の歴史

干鰯に使われた「カタクチイワシ」の成魚
干鰯に使われた「カタクチイワシ」の成魚

前号では、天日干しによりうまみが増す「かえりちりめん」を取り上げた。体調25㍉から40㍉程のカタクチイワシを加工したもの。和歌山では小さなカタクチイワシの加工が盛んな印象だが、かつては大きく育ったものを盛んに漁獲していた時代がある。今週は、カタクチイワシを堆肥にした「干鰯(ほしか)」の歴史と現代に受け継がれる伝統を紹介したい。

干した鰯(いわし)と書いて「ほしか」。あまり聞き慣れない名前である。干鰯とはカタクチイワシを乾燥して作った有機肥料で、江戸時代に大量消費されたことで知られる。加工方法は砂浜などで天日干しにし乾燥させるというもの。

消費の要因は関西地域での綿花の栽培。干鰯に含まれるリン酸やカリが良質の綿花を栽培するために有効とされ、栽培地に近い紀伊水道に面する和歌山の沿岸部周辺で漁が盛んになった。

大阪には干鰯専門の問屋ができ、享保9年(1724)には130万俵(7万8000㌧)もの干鰯が集められたという記録もある。需要の高まりとともに、カタクチイワシがよく取れる房総半島などへ和歌山から移住する漁師が増えたのはこれがきっかけの一つとされる。

農業において一世を風靡した干鰯であるが昭和初期になると肥料としての役割を終え、現在は干鰯が肥料として流通することはほとんど無くなった。

しかし、現在でも和歌山では農業の現場でカタクチイワシなどの魚を使った肥料が使われている。紀中地域のミカン栽培では、圧搾して油を取り終わったカタクチイワシを乾燥させ粉末にした「魚粕(ぎょかす)」を肥料として使用するところも。

海と山が近い和歌山らしい資源の活用法。さかのぼれば江戸時代の産業にたどり着き、歴史の奥深さを感じさせられる。(次田尚弘/和歌山市)