笑顔広げたい 福祉車いす着付け師吉本さん

子どもが飽きないように手際よく着物を着付けていくのは、和歌山市の吉本和子さん(60)。車いすに座ったままの状態で着付けをする「福祉車いす着付け師」として活動している。同市市小路の「いこいの訪問看護ステーション」で看護師として勤務する傍ら、ボランティアで、体が不自由な子どもたちに着物を装う楽しみを伝えている。吉本さんは「子どもたちには、新たな体験を通じて一歩前に進んでほしい」と話す。

福祉車いす着付師は、日本理美容福祉協会が車いす利用者に着物の着付けをするために設けた認定資格。全国各地で養成講座を開いている。

子どもの頃から茶道や生け花を習い、着物に慣れ親しんできた吉本さんは、看護師の仕事をする中で、寝たきりの人と接したことがきっかけとなり、約2年前に福祉車いす着付師の資格を取得。現在は重症心身障害児の放課後等デイサービスを行う、いこいの森(同市平井)で子どもたちに着物を着付けている。

吉本さんによると、七五三などで美容院に依頼する場合、障害児の着付けは難しいと断られることが多く、子どもたちが着物を楽しむ機会は少ない。「世の中で、誰もが体験できるようなことを、子どもたちにも当たり前に体験してほしい」と1年前からボランティアで活動を始めた。

正月や端午・桃の節句、七夕、七五三など、季節に合わせて着付けをして写真を撮り、子どもたちの両親にプレゼント。着物は吉本さんの娘2人と息子が着ていたものを使っている。

つい先日も、10歳を祝う「2分の1成人式」で振り袖の着付けを担当し、「実際の成人式でも着せてやってほしい」と両親が大喜びしたという。「周囲のみんなを笑顔にでき、この仕事をやっていて本当に良かったと思った瞬間だった」と吉本さんは話す。

また、同市の田中大惺君(4)と谷口煌介君(7)には、正月用の着物とはかまを着せた。子どもたちに着付けをする際は、時間がかかると飽きてしまったり、嫌がったりするため、手早さが決め手になるという。そのため、サポートする1人が体を支え、吉本さんが着付けをする。子どもはご機嫌なまま、わずか5分ほどで着付けが完了。体を傷つけず、安全第一がモットーで、「気を付けているのは、不安や恐怖心を抱かないよう、『楽しいことをしているんだよ』と優しく声を掛けながら、力を入れずに着付けていくこと」だという。

この日、2人は初めての着物にとまどいながらも、周囲から「かっこいい」と言われ、にっこり。吉本さんは「着物は子どもが笑顔になるだけでなく、親の喜びがものすごく大きい。写真を見て、うれしいと涙を流すお母さんもいた」という。

いこいの森主任で介護福祉士の土田明美さん(44)は「着物を着ると、子どもたちは喜び、笑って感情を表し、かけがえのない機会になっている」と話す。

そんな子どもたちの笑顔に元気をもらっているという吉本さんは、「晴れ〝着〟を着ると〝気〟が晴れて、〝着替える〟と〝気が変わる〟。子どもたちに着物を着る楽しみを知ってほしい」と話し、心もバリアフリーな社会になることを願っている。

着物を準備する吉本さん

着物を準備する吉本さん