自身の経験を物語に 嘉成晴香さん
和歌山市出身の児童文学作家・嘉成晴香(かなりはるか)さん(37)の『涙の音、聞こえたんですが』が、読むと優しい気持ちになれると幅広い世代の心をつかみ、話題となっている。自身の体験から、つらい時の涙が今では特効薬となり、「自分を知る手段として、涙はいいものだと信じたい」という嘉成さんにとっても特別な一冊だという。
涙の音が聞こえるという不思議な能力を持つ主人公は、人とつきあうのがわずらわしく、いつも一人でいた。ある日聞こえてきたのは、こっそり裏庭で泣いていたいつも笑顔の生徒会長の涙の音だった――という、「涙」と「弱さ」に揺らぐ10代を描いたピュアラブストーリー。「小中学校で一人だった自分は、涙を誰かに見られることは恥ずかしいと思い、悲しくても必死に抑えていた。でも本当は誰かに見つけ出してほしかった」という思いを描いたという。
嘉成さんは2013年、25歳で「朝日学生新聞社児童文学賞」を受賞し『星空点呼 折りたたみ傘を探して』でデビュー。小学生が自殺を選んでしまうニュースに心を痛め「自分もその気持ちが分かる。でも生き続ければ楽しいことがあるのを知って、少しでも前向きになってほしい」と小説を書き始め、これまで8冊を出版。児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞フジテレビ賞、児童ペン賞・少年小説賞など数々の賞を受けている。
「学校は居心地の悪い場所だった」という嘉成さん。友達をつくるのが苦手で、休み時間はいつも一人で本を読み、時間をつぶす毎日。イベントなどのグループ分けでは、誰にも誘われず残ってしまう生徒だったという。
そんな嘉成さんを変えたのは、同市の内科医・石井亨さんが主宰していた絵画同好会。地域の人や患者など子どもから高齢者が月に1度集まり、油絵や水彩画など自由に絵を楽しむ場だった。嘉成さんは小学4年生から通い始め「絵を描くとみんなが褒めてくれた。うれしくなってたくさん描いた。自分を受け入れてくれる唯一の場所で、ほっとできる救いの空間だった」と振り返る。
「絵で自分を表現することを教わった」嘉成さんは、文章を書くことに楽しさを見いだすようになった。思い付いたことを書くとストレス発散にもなった。 4年生で初めて短編小説を書き、向陽高校では文芸部に所属した。本格的に小説を書き始め、コンテストに応募。顧問に褒められてやる気が増し、高校時代は数多くの作品を書いた。
大阪の大学に進学した頃には友達が増え、楽しく過ごすうちに書く時間は減っていった。24歳で結婚。大阪で暮らし、出産後に再び書き始めた。現在は8歳と2歳の男の子の母親。執筆活動を進めつつ、家事や育児に追われる毎日を過ごしている。
今後については「大人も子どもも共感できる、幅広い世代に向けた作品を書いていきたい」と話す。「自分は小中学校にはなじめなかったけれど、高校、大学では楽しめた。たとえ今はつらくても、生き続ければ楽しいことが絶対にある」というメッセージを込め、嘉成さんは書き続ける。
『涙の音、聞こえたんですが』はポプラ社出版。1540円。全国の書店で販売中。