多宝塔の経石、再び埋納 住民ら5年の活動終える

多宝塔下の石室内に経石を戻す地元有志ら
多宝塔下の石室内に経石を戻す地元有志ら


紀州藩初代藩主・徳川頼宣の生母「お万の方」ゆかりの海禅院多宝塔(和歌山市和歌浦中)の地下に埋納され、一度は調査のために取り出されていた15万個以上の経石を元の場所に戻す最後の作業が、14日に行われた。地元住民ら有志でつくる「経石を多宝塔にもどす会」が2021年に活動を始めてから5年。万人成仏と世の平安を願った約380年前の祈りの結晶が、市民の手によってついに全て元あった石室へと返った。

多宝塔の経石は、法華経の題目「南無妙法蓮華経」を墨で石に書写したもの。熱心な日蓮宗の信者であったお万の方が、夫・家康の三十三回忌にあたる1648年を機に発願。社会の安定と平和を祈る経石書写は全国の共感を呼び、後水尾上皇から民衆にいたるまで、身分を問わず多くの人々が参加。題目数の合計は250万遍に達し、妹背山に埋納された。日本の歴史上でも類を見ない大規模な法事とされ、お万の方の没後、頼宣は母を弔うために同地に多宝塔を建立している。

細かい文字で題目が刻まれた経石
細かい文字で題目が刻まれた経石


経石は2004年から05年にかけて、市民団体「妹背山護持顕彰会」による調査で取り出され、妹背山の倉庫などで保管されてきた。景観上の理由などから倉庫の撤去が決まったことを機に「願いを込めて埋めた多くの人に申し訳ない。何とかみんなで協力して元の場所に戻したい」と、地元の3人が発起人となり、21年に同会が発足。同年11月から毎月1度のペースで有志が集まり、文化的にも貴重な膨大な数の経石を撮影し記録。少しずつ石室に戻す活動を続けてきた。同会によると、当初は15万個以上とされた経石だが、活動を進める中で、それを優に上回る25万個に達するのではないかとみられるという。


この日、多宝塔のふもとにはボランティアら約80人が集まり、大量の保管袋から一つひとつ経石を出して作業。代表者数人が、地下の岩盤4㍍を掘削して造られた狭い石室内にもぐり、特に貴重とされる経石を石函に納め、ふたを閉じた。

和歌祭に参加した子どもたちが、お万の方にちなんだ芸能の団扇太鼓(うちわだいこ)を奉納。僧侶が読経し、活動が無事に完遂したことを報告した。

発起人の一人、日方広行さん(75)は「皆さんのご協力でようやく全て戻すことができ、感無量。これでお万の方や頼宣公にも面目が立つ」と安堵の表情。同じく発起人の西本直子さん(66)は「思ってもみないことでしたが、民間の力で戻すことができ、和歌浦らしい取り組みになった」と話した。

発起人で、2年前に亡くなった渋谷高秀さんの妻・静加さんも、夫の遺志を継ぎ活動に尽力してきた。「長い年月、皆さんと力を合わせてきょうまで来られた。主人も、きっとすごく喜んでいると思います」と笑顔だった。

お万の方の遺髪も 埋納前に初の公開
15万個以上の経石が納められた多宝塔
15万個以上の経石が納められた多宝塔


過去の調査では、石室からお万の方直筆と思われる経石、お万の方のものと考えられる遺髪も発見されていた。これまで公開されることはなかったが、この日、最後の埋納作業を前に、初めて一般公開された。

同会では今後、これら歴史的、文化的にも価値の高い経石などを、どう守り伝えていくか検討していきたいという。

和歌の浦や妹背山の魅力を伝える活動を続け、あしべ屋妹背別荘の館主でもある西本さんは「貴重な文化財であることを、和歌山の人でも知らない方が多い。このまま眠らせるのではなく、存在を周知させ大切に守る方法を、今後も皆さんと一緒に考えていければ」と話している。