「灰干しさんま」の歴史と魅力

前号では、熊野灘から始まった、秋の味覚「サンマ」の漁の歴史について取り上げた。統計上、現在は県内における漁獲量は無いが、「サンマ寿司」や「灰干しさんま」は、伝統的な地域の食材として現代に受け継がれている。今週は灰干しさんまの製造工程と魅力を紹介したい。
灰干しさんまは、和歌山市の雑賀崎で製造される干物。サンマを透明のセロファンで包み、さらに空気に触れないようパックされて販売されている。
一般的に干物は天日干しにより魚を乾燥させて作られるが、灰干しの工程は特殊。吸湿性の高い火山灰の中に、水分を通す特殊なセロファンでサンマを包み込み、空気と日光の紫外線に触れさせずに乾燥していくというもの。天日干しと比べ、サンマの油分の酸化が抑えられることで、脂が乗りふっくらとした干物に仕上がる。
使用されるサンマは、9月から10月にかけ北海道などで取れるものが使用されることが多いという。年間を通して販売される灰干しさんまは、この時期に1年分のサンマを仕入れ、冷凍保存の上、順次加工される。
全国的にも珍しい灰干しの技術がなぜ雑賀崎に根付いたのか。歴史をたどると雑賀崎で灰干しが始まったのは昭和30年代とされる。海を隔てた徳島の鳴門で「灰干しわかめ」という乾燥ワカメの製造技術があり、それを応用して生み出された製法であるという。当時あった美しい白砂が特徴の水軒浜などで、砂干しの技術を使った干物の製造が行われていたことも、灰干しさんまが生まれるきっかけになっている。
今や砂浜は見る影もないが、伝統的な食文化から地域の歴史を振り返ることで、当時の光景が見えてくる。(次田尚弘/和歌山市)

