学校に眠る郷土の宝物 風土記の丘が調査
学校に眠る地域の資料を見直そうと、県立紀伊風土記の丘(和歌山市岩橋)が県内の小中高校の調査を進めている。歴史の古い学校の多くに備えられている「郷土資料室」などから、地域の人々の生活や歴史を知る貴重な発見が相次いでおり、これまでの調査結果の一部を、9月4日までの企画展「学校にあるたからもの」で紹介。同館学芸員は「かつて学校が、地域の歴史を伝える博物館のような役割を果たしていた。資料をリスト化し、郷土資料として活用できるよう体制づくりをしていきたい」と話している。
地域住民が持ち寄った文化財を展示、保管する郷土資料室が設けられている学校でも、校内で資料の引き継ぎがされなかったり、再整備によって資料が捨てられたり、放置されたりして、最近はその存在すら忘れられつつあるという。
調査のきっかけになったのは、平成23年に起きた紀伊半島大水害。新宮市内の廃校となった小学校に保管されていた農具など、地域の暮らしを語る上で大事な資料が浸水被害を受け、捨てられてしまったことだった。
地域の歴史史料が失われぬよう、所在を明らかにして情報を共有しようと、昨年春に県内の全小中高校にアンケートを送付。学芸員が30校以上を訪問し、調査を進めてきた。
調査は毎回が驚きの連続といい、藤森寛志学芸員は「地域色が濃く、日常を伝える資料ばかりで、学校だからこそ残ったものもある。時間がかかるかもしれないが、丁寧にリスト化したい」と話す。
今回の展示では調査した学校のうち17校の資料を展示。太地町立太地小学校のクジラのひげや、御坊市立名田小学校の道成寺縁記の絵巻物など、それぞれの学校がある地域の特徴を色濃く反映した展示物が多い。
中でも貴重な発見となったのが、海南市立黒江小学校で見つかった紀伊徳川家15代当主・徳川頼倫(よりみち)が東京に創立した私設図書館「南葵文庫(なんきぶんこ)」の蔵書印が押された巻物41点。江戸幕府により編さんされた「寛永諸家系図伝」の写しで、真田家や織田家などの大名と旗本以上の系譜が記されている。
また、同小のアルバムからは、当時の教員が、昭和21年の昭和南海地震の被災状況を写真とともに詳細に記した貴重な記録も見つかった。
県立橋本高校からは、県指定遺跡・陵山(みささぎやま)古墳の出土資料が、明治36年の発掘調査以来、100年以上の時を経て発見された。調査した瀬谷今日子学芸員は「長い間所在が不明だったので、箱の中に見つけた瞬間は、思わず体が震えました」と振り返る。
藤森学芸員は「郷土資料はいわゆる『未指定文化財』。災害時にレスキューの対象から抜け落ちてしまう恐れがある考古学や民俗学上の貴重な資料を、いかに残していくか。重要な資料が地域にあることを認識してもらいたい」と話す。
今後は学校以外に公民館なども調査対象にしていきたいという。瀬谷学芸員は「考古資料や民俗資料は古い生活の跡で、実はとても身近なもの。手に取ることができるので、博物館などの展示資料とは違った役割が果たせるはず。活用についても、学校の先生方と一緒に考えていけたら」と話している。
企画展は午前9時から午後4時半まで。問い合わせは同所(℡073・471・6123)。