西条藩を知る(15)西条と紀州のヒストリー

前号では、西条市の名誉市民・十河信二氏の右腕として、東海道新幹線の開業や宇宙開発に功績のある島秀雄氏の生涯を取り上げた。
西条市は、寛文10年(1670)から版籍奉還までの約200年間、紀州藩の支藩(西条藩)として栄えた。西条藩の上級藩士は紀州からの出向者で占められるなど、西条と紀州にはかつてから強い結び付きがあったことは、先に紹介の通り。
東海道新幹線の開業という日本の成長を支える一大プロジェクトを、西条に縁のある十河氏と紀州に縁のある島氏が中心となって考え、行動し、開業へと導いたことは、人と人との信頼関係はもちろん、どこかに、長年の間に築かれた西条と紀州らしい政治の執り方の共通点や、近い価値観が関係していたのかもしれない。
筆者は西条市の隣町、新居浜市出身の知人から、西条藩は紀州藩の支藩であったという情報をもらい、西条市での取材を始めた。
実際に足を運び、西条陣屋跡に残る大手門や北御門を眺め、それぞれに秘められたこれまでのヒストリーを、資料館などを通じてひも解いていく楽しさ。地域の方々への取材を通し、鉄道の歴史にふれ、十河氏と島氏の深いつながりが見え、読者の皆さまへその情報をお伝えできる喜びは、記者としての冥利(みょうり)に尽きるもの。
西条市は和歌山市から、特急と新幹線を乗り継いで約4時間30分。距離にして約400㌔と決して近くはないが、紀州とのつながりに気付き、ご当地ならではのおいしい水や食、文化、美しい景色など、他の地域を知ることで和歌山の良さ、改善点を感じられる。ぜひ、西条市を訪れてみてほしい。
15週にわたり「西条藩を知る」をお送りしました。
(次田尚弘/西条市)