揺るぎない日常描く 新鋭画家の田中秀介さん
和歌山県立近代美術館(和歌山市吹上)で8月30日まで開催中の展覧会「あまたの先日ひしめいて今日」。同市出身の美術家、田中秀介さん(34)の絵画と、同館の収蔵品を併せて紹介している。不思議な世界へと誘う田中さんの作品だが、そこに描かれているのは、私たちもどこかで目にしたことがあるような身近な光景。何気ないものを題材に、独自の視点で、おかしな出来事が起こっているかのように日常風景を描いている。
田中さんは同市に生まれ、5歳まで過ごした。その後貴志川町(現紀の川市)へ移り住み、貴志川高校を卒業後、大阪芸術大学美術学科油画コースで学んだ。現在は大阪を拠点に活動している。
「道すがらの出来事など、その都度私が体感したもの、感じたことを絵で体現したい」と田中さん。作品タイトルも「ついつい配す」「無縁はおあいこ」「一望で顕著まみれ」など、一見絵とは無関係と思われるような言葉が付けられているが、その思考を探ると独特の味わいがある。
このうち「寸前に我なし」は、酒を手にする寸前の人の姿を描いたもの。グラスに手を伸ばす人物の表情は容器に隠れて読み取れず、どこかシュールな印象を残す。田中さんは「何かを成そうとしているその間際、その目的に近づくほどその意識が薄れ、『集中することに集中している』」ように感じたという。
その他、畳まれた存在感のある布団を描いた「一刻の主役」、行きつけの喫茶店の休業日を知らせる「只中(ただなか)のしらしめ」、絵の梱包作業の様子を表現した「寄ってたかって偶発寓意」など、油彩ながら淡く軽い筆遣いの作品が並ぶ。
「描くことは与えられた事実を確認し、自分の中で、ふに落とす行為。より取り込みたい、知りたいという思いがあるんです」。
作品を通じて、さまざまな思いを想起させたいといい「私のコメントを見たとき、皆さんきっと疑問が湧くと思う。翻って、その瞬間『なぜそう感じたか』や、作品への『つっこみ』を自覚してもらいたいですね」と話している。