伝統芸能もオンラインで 和大学生が謡の稽古

新型コロナウイルス感染症の拡大防止措置として、大学などでは遠隔授業を基本としている。ただ、実技指導が中心となる講義をオンラインで行うのはたやすいことではなく、授業をする側も手探りの状態。いかに実践的な教育が提供できるか、試行錯誤しながらコロナ禍での学びを模索している。

「少しキーを上げて。もう一度いきましょう、はい」――。重要無形文化財保持者で観世流能楽師の小林慶三さん(88)=和歌山市=は、パソコンの画面越しに学生に呼び掛けた。

小林さんは2013年から毎年、夏に和歌山大学教育学部で能の特別講義(全4回)を行っている。この日はテレビ会議アプリ「Zoom(ズーム)」を活用した初のオンライン授業となった。

扱うのは、中学の音楽の教科書でも取り上げられている「羽衣」の謡(うたい)。学生はこの日までに、授業を担当する菅道子教授、上野智子准教授があらかじめ撮影した小林さんの能の基礎講義や謡の動画を視聴し、練習を重ねてきた。この日は大学院生を含め14人が自宅から授業を受けた。

例年の講義では受講生全員で発声をしていたが、オンラインではズレが生じるため、一人ひとり稽古をする形式に。独特な音階や節回しの謡を披露し、他の学生の発表や指導にも耳を傾けた。

謡には2種類の歌唱法があり、この日学んだのは勇壮な「ツヨ吟」。音響や通信環境に違いがあり、本来の音の強度が伝わりづらく、どうしても発声が弱くなりがちだという。

小林さんは手本を示しながら「思い切り声を出すことが大切」などとアドバイス。授業を終え、「生の吟と、機械を通した声は違う。みんな音程はとれているが、さて、どんなふうに発声法を指導したらいいのか考えどころ」と話した。

菅教授は「お能は緊張感や声の響き、立ち居振る舞いなど全てが学びで、対面に勝るものはありません。ただ、こういう時代にあって、ITを駆使してどこまでできるのか新しい授業の在り方を模索したい」と話す。

一方で、オンラインならではの良さもあった。継続した講義のため、能を学ぶのは5年目の学生も。学年を超えて習熟度の違う学生が共に授業を受け、その上達ぶりを垣間見られることは、後輩にとっても刺激になるのではと期待する。

また、パソコン上での一方的な資料説明やレポート提出のやりとりなどでは、学生の意欲がそがれる場合もある。上野准教授は「オンライン授業は学生同士、対話の場面がない。直接コミュニケーションをとるのが乏しくなるが、今回のような内容は、リモートの中でも特に貴重だと感じています」と手応えもあったという。

初めて能を学ぶ2回生の片岡由海さんは「パソコンの前でも、姿勢を意識しないといけないなと思いました。テンポが速くなってしまったので、もっと余裕をもって丁寧に発声できるよう頑張ります」と話し、能のワークショップにも参加経験がある大学院2回生の奥山杏菜さんは「みんなの前で謡う緊張感はありましたが、一人ずつ的確なアドバイスをもらえありがたい。お稽古を受けられる最後の年なので、しっかりと習得したいです」と話していた。

 

動画の収録に臨む小林さん