二つの国登録有形文化財 桐蔭高校で報告会
和歌山県立桐蔭高校(和歌山市吹上、木皮享校長)の校内にある旧制和歌山中学校からの歴史をたたえる同窓会館(旧図書館)と運動場スタンドの二つの建造物が、2月に国登録有形文化財として登録され、このほど同校で伝達と報告会が開かれた。登録物件の両建造物と、同校ОBの野村吉三郎箴言(しんげん)碑を加えた3枚の解説板が設置された。
この日、歴代の校長らが出席。木皮校長は同窓会館を登録するために手続きを取っていたが、文化庁の担当官に「同スタンドも建ててから99年になる」ことを伝えると、担当官から併せて申請するよう勧められ、今回の同時登録となった。
この日、同窓会館内で県教育委員会生涯学習局文化遺産課の栗生好人課長が木皮校長に両建造物の登録証を贈呈。同校ОBで元校長の大阪体育大学の岸田正幸教授が二つの建造物について解説した。
同窓会館は1929年、旧和中開校50周年記念事業として保護者らの寄付金で建設された。旧和中開校100周年、桐蔭高30周年の記念事業として現在の図書館が新設されるまでの約50年間、図書館として使用された。重厚でモダンなデザインの近代建築の同館正面最上部には、歴史を物語る旧和中の校章が唯一、残されている。
1922年11月に同校グラウンドが造られ、翌年12月に予定されていた皇太子時代の昭和天皇の行啓に合わせて運動場スタンドが建設された。当時、同校は全国中等学校野球大会で2年連続優勝を果たす強豪校。同校で皇太子は授業を観覧した後、同校の野球部とそのOBによる試合を観戦。皇太子が学生野球を初めて観戦した、歴史的たたずまいを残す場所として評価されているという。
また、野村吉三郎についても説明。1932年12月、海軍中将だった野村氏(後の海軍大将)が、同校で講演会を行った際の生徒に向けた結びの言葉「努力! 天は自ら助くる者を助く」に心を動かされた当時の校長が後世に残すため、翌年に箴言碑を建てた。しかし、日本は戦後、GHQの占領下であったこともあり、軍人の碑は破却されるとして、校舎の一隅に埋めて守ったとされている。
桐蔭高校第2代の宮井龍校長の就任祝いとして野村氏が来校したのを機に碑を探し出して、1960年ごろに再建した。野村氏は1942年の3度目の同校での講演で、当時は英語が敵性語として排斥されていたにもかかわらず英語の必要性を説き、『ウェヴスター英英大辞典』を同校へ寄贈。現在も大切に保管されており、今回出席者らに披露された。
木皮校長は「生徒たちには改めて文化財としての価値などを講演会で伝えていきたい。地域の皆さんにも、今後の活用方法について意見を聞いていきたい」と話している。