坂口和澄さん最新作 『三国志列伝』他2冊発刊

 中国には、 王朝の歴史を人物中心の伝記の集成として記録してきた 「紀伝体」の伝統がある。 中でも『三国志』は、 約100年に及ぶ戦乱期に活躍した英雄たちの魅力が、 時代を超えて多くの読者を引き付けてきた。 本紙連載でおなじみの三国志研究家、 坂口和澄さんの新著 『三国志列伝』(学陽書房人物文庫)、 『全貌三国志演義 英雄百年の興亡』(三才ブックス)の2冊=写真=は、 歴史を知る楽しみは人間を知る楽しみであることを実感させてくれる書だ。

 三国志には、 かつて蜀に仕えた陳寿が著した紀伝体の正史 『三国志』 と、 史実を基に創作や脚色を加えた羅貫中の小説 『三国志演義』 (以下 『演義』) とがある。 三国志の豊穣な世界を楽しむには両方を読みたいが、 長大な物語や複雑な人物関係などを考えると案内がほしい。 そこで前記の2冊をお勧めしたい。

  『三国志列伝』 は、 登場人物の中から195人を選び、 原則一人を見開き2㌻で紹介した人物伝。 有名な武将、 知将はもれなく含み、 『演義』 では業績が割愛されている人物も収録している。 特に、 蜀びいきの描き方のために、 不当に軽視されている魏・呉の名将に光が当てられている。

 例えば、 『演義』 では諸葛孔明に翻弄(ほんろう) される呉の周瑜(しゅうゆ) と魯粛(ろしゅく) は、 実は壮大な天下二分策を説いた三国時代屈指の人物。 魏では、 蜀の引き立て役にされてしまった勇将・曹仁(そうじん) や知勇兼備の曹真(そうしん) らの実像も記している。

 さらに、 司馬懿(しばい) は孔明のライバルと思われがちだが、 彼と息子たちは魏王朝の簒奪 (さんだつ) 者であり、 その陰湿な過程を描いた箇所は、 坂口さんの厳しい考察が光る読みどころとなっている。

 『全貌三国志演義』 は、 全120回に及ぶ 『演義』 の物語を、 各回見開き2㌻に要約しており、 物語の概要と重要な挿話を気軽に楽しむことができる。

 『演義』 を読了した人にも興味深いのは、 正史との相違点が解説されていることだ。 例えば、 赤壁の戦いに敗れて敗走する曹操を、 関羽があえて見逃すくだりは、 涙を誘う名場面だが、 実は創作。 史実と信じていた人はがっかりするかもしれないが、 羅貫中の巧みな文学性を知れば、 新たな三国志の魅力が見えてくるだろう。

 この2冊を通して、 『演義』、 さらには正史の世界へと踏み出す方が増えることを、 三国志ファンの一人として願っている。       (伸)

【三国志列伝】2011年7月20日発行 著者・坂口和澄 発行所・学陽書房 432㌻ 定価・880円 (税別)
【全貌三国志演義 英雄百年の興亡】2011年8月1日発行 著者・坂口和澄 発行所・三才ブックス 272㌻ 定価・1714円 (税別)