亡き息子への愛歌う 啓さんデビュー5周年
海南市小野田の歌手・啓(ひろ)のぶ子さん(71)=キングレコード=は、愛息との突然の別れを描いた楽曲「なぜ…おしえて」を歌い続けている。20日には和歌山市内でデビュー5周年記念パーティーを開き、「命を大切にしてほしい」との切なる願いとともに、42歳で他界した息子への変わらぬ愛を歌う。同作に込めた啓さんの思いを聞いた。
啓さんは平成22年秋のある夜、長男・啓行(ひろゆき)さんが亡くなったことを警察からの電話で知った。自死とされる遺体と対面し、「周辺の山にこだまするほどの大きな声」で「いやだ、見たくない」と何度も叫んだ。
涙の海に沈むような心境の中で、近くにあったチラシの裏に「地獄のような悲しみからあふれてくる言葉を書きなぐった」ものが、「なぜ…おしえて」の歌詞になった。
冷たくなった彼 いやだ見たくない
母の叫びに 目も開けず
返事かえらず 別れ逝く
あなたの その悩み
聞いてもやらずに ごめんね
でも なぜなぜなぜ… おしえて
受け入れ難い現実に直面して発した「いやだ見たくない」の言葉を、当初は当時の絶望を再現するように歌った。作曲を依頼した旧知の鈴木裕昭さんに「歌にならないよ」「感情は80%に控えて表現して」と何度も指摘され、歌を聴く人に思いが伝わるような表現方法の工夫を試みてきた。
歌い続けているうちに、息子を失った深い悲しみから、少しずつ気持ちを立て直すことができたという啓さん。昨年、19歳の孫が救急救命士になったことも後押しとなり「命を大切にしてほしいという願いを、落ち着いて歌うことができるようになりました」とほほ笑む。
詞に曲をつけ、長年にわたり歌い方を指導し、立ち直りをサポートしてくれた鈴木さんには「お医者さまのような役割を果たしてくれました」と深く感謝している。「大変なご苦労をおかけしましたが、鈴木さんは私を見捨てず支え続けてくれました」。
啓行さんはスポーツが得意で優しく、誰からも好かれる少年だったという。駅伝に出場した際は、「必ず(先導の)白バイのすぐ後ろに息子の姿があり、それが誇らしくて、夢中で応援しました」。社会人となり、瓦職人として働く姿も「とても格好良くて、母ながらほれぼれしました」と当時の思い出を生き生きと話す啓さん。歌手としての名前は、啓行さんの一字を使っている。
啓行さんは職場で部下を持つ立場になると、優しい性格から指示ができないことに悩んでいた様子だったという。事業の継承を巡って父子関係が悪化し、他県へ移り住んだ時期もあり、啓行さんが和歌山へ戻ったのは42歳の夏。訃報が届いたのはその年の秋のことだった。
啓さんにはもう一つ、自身が詞を手掛けた「思い出をありがとう」という曲がある。啓行さんが少年期、母親に多くの喜びをもたらしてくれた姿を描いた。
思いやりあった彼 嬉しかった事 いっぱい
心のアルバムに入れ 大切にするわ
啓行さんとの楽しく美しい思い出や、赤裸々に描いた啓行さんとの突然の別れを、歌で切々と表現する啓さん。「どうか命を大切にして、私のように悲しい母親をつくらないで」とのメッセージをこれからも伝えていきたいと語る目が、力強く輝く。
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啓さんのデビュー5周年記念パーティーは20日午前10時から、和歌山市市小路の河北コミュニティセンターで開かれる。入場無料。