あしべ屋の隆盛伝える 妹背別荘障壁画や帳簿発見
和歌山県和歌山市の和歌浦の内海に浮かぶ小島「あしべ屋妹背別荘」で、奥座敷にあった障壁画の一部とみられる全長約8㍍の貼り付け絵が見つかった。作者は皇族の御用絵師だった梅戸在貞と判明。さらにその裏紙には料理旅館「あしべ屋」の会計簿が残され、近代に隆盛を極めた当時のあしべ屋を知る貴重な資料となりそうだ。館主の西本直子さん(58)は「思いも寄らない和歌浦の歴史を伝える資料が出てきた。建物を『泊まれる博物館』として、活用しながら保存する策を探りたい」と話している。
「あしべ屋」は江戸時代、初代紀州藩主の徳川頼宣が三断橋のたもとに建てた茶屋が始まり。明治時代に料理旅館となり、本館の他に別館や妹背別荘が建てられたが、大正14年に廃業した。建物が残るのは妹背別荘のみ。
明治36年に皇太子が和歌浦を訪れた際には妹背山に立ち寄り、孫文が同所で南方熊楠と面会。多くの文人墨客が宿泊し、夏目漱石が同市へ講演に訪れた際も当初宿泊を予定するなど、格式高い宿だった。
妹背別荘の奥座敷西の間には山水の襖絵が残されており、近年の研究者による鑑定で、落款から大正から昭和にかけて活躍した日本画家の梅戸在貞の作であることが判明。在貞は大正4年に天皇即位式に際して描いた麒麟鳳凰図が代表作とされる。
東の間にも連続する絵が描かれていたが、昭和60年から平成24年の間に失われていた。貼り付け絵は天井裏から丸まった状態で発見され、東の間にあった襖絵をはがしたものであるとみられ、金箔や銀箔で山水が描かれている。
妹背別荘を調査対象とする、西本さんの夫・日本工業大学の西本真一教授や学生がこのほど駆け付け、県立近代美術館の奥村一郎学芸員や藤本真名美学芸員らが調査、採寸。
藤本学芸員は「光が差し込む角度を考え、輝いて見えるように描かれている。今は劣化していますが、当時はもっと美しく見えたのでは」と話す。絵のある奥座敷は皇族を迎えるために移設されたといわれており、「身分の高い人を迎えるという気概で取り組んだことが伝わります」。
一方、絵の裏紙には酒類や料理名、支払い金額がびっしりと記されたあしべ屋の領収書の控えが大量に貼られ、当時の宴会の様子が浮かび上がる。これまであしべ屋には宿帳や収支の記録が残されておらず、貴重な発見だという。
和歌山大学紀州経済史文化史研究所の吉村旭輝特任准教授は「誰が来て、どんな宴会をしていたのかが分かる。ただ、日付はあるが年代が記されていない。書かれた名前や肩書きから時代をたどれば、おおよその見当をつけることができるかもしれない」と話す。
この他、床の間の高欄や建築部材も発見された。障壁画の今後について、西本さんはデジタル技術での復元を検討しており「どのように記録保存していくか模索中です。どなたか地元で協力いただける方がいればうれしい」と話している。