岸和田城天守の歴史と魅力
前号では、秀吉による紀州征伐と和歌山城築城の経緯、紀州藩のお目付け役として和泉岸和田藩の初代藩主となった、岡部宣勝について取り上げた。
和歌山城の築城と時を同じくして、岸和田城は当初からあった本丸を五層の天守に改築。寛永17年(1631)に入城した岡部氏は、明治維新を迎えるまで13代にわたりこの地を統治した。
現在の天守は昭和29年に建造されたもので3層3階の構造。岡部氏の子孫や市民の要望を受け再建され、内部を図書館として活用する考えであったという。
竣工当初の天守は5層であったとされ、高さ18間(約32㍍)。文政10年(1827)11月、落雷により消失し、以後再建されることはなかった。縦横ともに長さ約18㍍の天守台に建ち、岡山城と同程度の大きさであったと考えられている。
天守にそびえる「鯱」のうち、南側は「阿形」、北側は「うん形」と、神社などに置かれる狛犬と同様であることが特徴。
近年は観光施設として、結婚式など各種イベント会場として活用。2014年には天守前にある「岸和田城庭園(八陣の庭)」が国の名勝に指定。堀端に植えられたソメイヨシノの木々は訪れる者を魅了し、この時期は大勢の花見客が訪れる観光名所として知られている。
開場時間は午前10時から午後5時まで。お城まつり期間中(4月1日~15日)のうち1日から7日は午後8時30分までの特別営業で、いずれも入場は閉場の30分前まで。原則毎週月曜が休場。天守への入場料は大人300円。
時を同じくして竣工した歴史のある和歌山城と岸和田城。一年で最も映える桜の季節。訪れて、城の魅力にふれてみては。
(次田尚弘/岸和田市)