喜多村進と徳川頼貞 県立博物館で企画展

和歌山県立博物館(和歌山市吹上)の企画展「喜多村進と徳川頼貞―南葵音楽文庫をめぐるひとびと―」が10月4日まで開かれている。紀伊徳川家の私立図書館である南葵文庫、南葵音楽図書館などで司書を務めた喜多村進(1888~1958)の生涯と、特に重要な関係にあった同家16代当主・徳川頼貞(1892~1954)との交流を示す資料などを見ることができる。

喜多村は和歌山市出身で、1914年(大正3)~24年にかけて南葵文庫、28年(昭和3)~32年にかけては南葵音楽図書館の司書として東京で勤務。特に、南葵音楽図書館の司書時代には当主・徳川頼貞の厚い信頼を得、徳川家の財政事情のため同館が閉館され、33年に和歌山県立図書館の司書に転職した後も、親しく交流を続けた。

小説家・詩人でもあり、日本を代表する作家である田山花袋と島崎藤村に師事し、県の文芸活動のリーダーとしても活躍した。

県立博物館は、2005年(平成17)に喜多村の子息・浩氏から喜多村の手許にあった大量の資料の寄贈を受け、整理・研究作業を行ってきた結果、資料の中に頼貞が収集した約2万点に上る西洋音楽資料「南葵音楽文庫」や頼貞自身に関わりの深いものが多く含まれていることが分かった。

今回の企画展は、研究成果を踏まえ、初公開の頼貞からの書簡や絵葉書、南癸文庫・南葵音楽図書館に関する資料をはじめ、喜多村が生涯にわたって残した多様な文芸作品などを紹介し、その足跡をたどる。展示総数は88件272点。

主な展示品の一つは頼貞からの絵はがき。頼貞はたびたび外遊し、1921年のヨーロッパ旅行、26~27年の東南アジア旅行、29~31年のヨーロッパ・南米旅行の際、喜多村に絵はがきを送っている。現地の状況を知らせるだけでなく、南葵音楽図書館への資料購入の連絡も見られ、別掲写真の絵はがきには、フランスの作曲家V・ダンディの交響詩「山の夏の日」、E・シャブリエの狂詩曲「スペイン」の楽譜をロンドンで購入し、東京に発送したことを記している。

バルコニーで読書をしながらくつろぐ頼貞の写真には、23年に喜多村に宛てた頼貞直筆の英字サインが記されている。写真の場所は、東京・上大崎(花房山)の頼貞の私邸「ヴィラ・エリザ」で、頼貞は21~38年に使用していた。

南葵音楽図書館が閉館になったため、帰郷して県立図書館へ移る喜多村に島崎藤村が贈った直筆の掛軸もあり、藤村の代表的な詩である「千曲川旅情の歌」の2番目の詩が記されている。藤村は、帰郷をためらう喜多村に「郷里というものはいいものだ」などと助言したことも伝えられている。

午前9時半から午後5時(入館は4時半)まで。会期中の休館日は23、28日。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、学芸員による展示解説などのイベントは行わない。

入館料は一般280円、大学生170円、高校生以下と65歳以上、障害者、県内在住の外国人留学生は無料。

問い合わせは同館(℡073・436・8670)。

徳川頼貞が喜多村進に宛てた絵はがき(県立博物館提供)

徳川頼貞が喜多村進に宛てた絵はがき(県立博物館提供)