顔の見える関係づくり 私設図書館で地域交流
住民同士でつながりを――。和歌山市の長谷川萌子さん(37)が同市貴志地区にあるマンションの一室で住人向けの私設図書室を開放し、“ご近所さん”の輪を広げている。
私設図書室「もりおかとしょしつ」はことし6月に開設。絵本から大人向けの小説などさまざまなジャンルの本約300冊が並び、マンションの住人であれば誰でも気軽に利用できる。
長谷川さんは、昨年10月に発生した六十谷水管橋崩落に伴う1週間ほどの断水を経験。その後、友人と断水について多くの人の声を聞いてみようと「断水の経験に関する市民の声を集めるアンケート」を実施した。長谷川さんが住む貴志地区は新興住宅地があり、マンションなどで暮らす人も多いエリア。知らない者同士が関係を築く難しさもあり、アンケートからは、地域のみんなで助け合う共助が課題として浮かび上がってきた。
「普段から近所同士でつながりを持てないか」と考えた長谷川さん。自室とは別に仕事用で同じマンションの一室を借りようとしていた時期とも重なった。絵本好きということもあって、皆が気軽に訪ねられる図書室の開設を決めた。
「ここはみんなで作る、持ち寄りが基本」と話す。本だけでなく、机やベンチなど家具も、ほとんどが持ち寄り。看板や本棚の一部は長谷川さんが手作りし、温かさが伝わる空間になっている。
今は子育て世代の住民を中心に、一日1組から3組が訪れる。マンションの管理人も頻繁に立ち寄り、隣接する学生寮に住む大学生たちも顔をのぞかせる。これまで知らなかった者同士が交流し、少しずつだが顔の見える関係へと変化し始めた。
図書室が開設されて半年。もりおかとしょしつでは、住民のやりたい企画を応援する取り組みを始めた。長谷川さんは「私自身、たくさんの人に支えられ、子育てと自分の夢に向かうことができた。今度は自分が『一番の参加者』になり、住民みんなが楽しめるような、『やってみたい』を応援したい」とにっこり。
住人のユウスケさん(29)は家族でこのマンションに引っ越しして5カ月ほど。住民向けのラジオ番組と、洋服と思い出を交換するマルシェの企画を提案した。ユウスケさんは「ラジオが大好きで、一度やってみたかった」と笑顔。「ここに来たら誰かがいて、何かが始まる場」と話し、11月26日の初ラジオ放送では、長谷川さんの思いなどを住民に届けた。
ユウスケさんの妻・荻島千佳子さん(27)は、未就学児向けの読み聞かせを図書室で企画。そこで4カ月の長男・凪(なぎ)さんと同じ月齢の子どもを持つ3人の住民と知り合った。4人とも、「地元が遠い」、「転勤族」など同じ境遇の人ばかり。自然と会話が弾む。「夜、寝ますか?」などと子どもの情報交換の場に。荻島さんは「ここはほっと一休みできる場」とほほ笑む。
運営している長谷川さんは「住民にとって一息つける場所になってほしい」と願い、「災害時や困ったことがあったときに声を掛けやすい関係性を普段から気軽につくれる場所にもなれれば」と話す。
昔のように密な近所づきあいがしにくい昨今。長谷川さんが投じた一石は、緩やかな波紋を描き、周りへと広がり始めている。