高校野球から考える「平和」 戦火に散った大先輩嶋清一投手に寄せて

今年も毎日暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

先月に行われた参議院通常選挙においては、全国的に自民党に対し、非常に厳しい審判が下り、和歌山選挙区においても皆さまのご支援を賜りましたが、厳しい結果となりました。謙虚に受け止め、党として今一度失った信頼を取り戻すためには、何をするべきか考え、総裁の責任を主張するだけでなく、私を含め所属する議員の一人ひとりが反省する必要があります。

私は、昨年から国政に携わらせていただいてから、特に政治と国民の皆さまの価値観に大きなズレがあるように感じ非常に危機感を持っています。今こそ地域のさまざまな声に真摯に耳を傾け行動に移し、時には古い価値観が残る政治の現場においても臆することなく新しい価値観を強く示すことが大切です。和歌山の皆さまのお力を借りて、和歌山から新しい政治を実行できるようしっかり頑張ります。

7月28日、県営紀三井寺球場において決勝戦が行われた夏の高校野球。私自身も小学校から野球を始め、高校も野球部に所属、甲子園を目指し学生生活の全てをかけて仲間たちと汗を流した高校球児でした。

母校である向陽高校は、旧制中学時代には海草中学として夏の甲子園大会にて優勝2回、準優勝1回の成績を残しており、昭和14年に初優勝を果たした際は、エースの嶋清一投手が全5試合を完封、準決勝・決勝ではノーヒットノーランを達成するという偉業を成し遂げられました。今年で107回を迎える甲子園の歴史上、破られていない大記録です。嶋清一投手はその後明治大学へ進学、野球に打ち込みプロ野球からも声がかかるほどの活躍をされました。しかしながら、時代は太平洋戦争の最中、戦況悪化に伴う学徒出陣により海軍に応召され、昭和20年3月29日に、インドシナ半島沖で24歳の若さで帰らぬ人に。その後、私が高校在籍中の平成20年に甲子園での活躍、成績が評価され、野球体育博物館より特別表彰を受け「野球殿堂入り」がかないました。

私は毎年8月15日の終戦の日が近づくと、時代の波に翻弄され戦火に散った、同じグラウンドで汗を流した大先輩、嶋清一投手に想いをはせます。野球をはじめとするスポーツを心おきなく楽しめる「平和」な時代をつくってくれた、先人の方々にあらためて感謝し、この「平和」を子や孫の世代に引き継いでいかなければならないと思います。今年は戦後80年の節目の年となります。戦火に散った嶋清一さんの想いとともに、和歌山の代表として甲子園に出場する智弁和歌山高校には、「野球王国和歌山」の力を存分に見せていただきたいと思います。最後に、暑い日が続きますが、ご体調にはくれぐれも御留意され、良い盛夏を過ごされることを祈念申し上げます。