高い所へ逃げ、戻らないで 石巻の遠藤さん語る

津波に流された体験を語る遠藤さん
津波に流された体験を語る遠藤さん

東日本大震災の発生から、11日で15年がたった。あの日、車に乗ったまま津波に流されながらも、九死に一生を得た宮城県石巻市の遠藤孝一さん(66)が5日、和歌山市で体験を語った。遠藤さんは「できるだけ高い所へ逃げ、安全が確保されたなら絶対に戻らないで」と呼びかけた。

講話は片男波自治会(植田龍彦会長)が和歌浦南の片男波集会所で開き、集まった住民ら約70人が静かに耳を傾けた。


遠藤さんは地震が起こった時、自宅にいた。揺れが収まったのを確認し、当時80歳だった父親を車に乗せて避難所へ向かう途中、津波にのまれてしまった。

発生からおよそ45分後、鉄塔が倒され、当時の堤防の高さ3・5㍍を超えて津波が押し寄せてきた。車はふわりと浮かび、何もできないまま滑るように流され、震災前年に亡くなった母親が眠る墓地の近くに到達。死を覚悟しながらも「母ちゃん、俺たちどうなんの――。助けてくれ」と命乞いをした。

間もなくして、墓石の上に、運転席を下、車が斜めになった状態で止まった。車の後部座席の窓を開けて脱出。父親を引きずり出し、車のトランクに付いていたウイングにしがみつきながら、助けを待った。避難した周囲の人たちから「頑張れ、頑張れ」という励ましの声が聞こえた。ただ、いつまた流されてしまうか分からない状況。かぶっていた母親の形見の帽子を大きく振り、助けを求めた。レスキュー隊からは「もう少し頑張ってください」との呼びかけが続く。あちらこちらで救助を求める声が上がり、助かる命を救うために、救命できないと判断された場所には、それを知らせる旗が立てられていったという。

次第に暗くなる中、雪も降り始め、遠藤さんは低体温症を心配したが、父親と励まし合い、4時間ほど経過したころに消防隊員に助けられた。

遠藤さんは水が引いた3日後に現場に行き、2人の命を守った墓が母方の先祖の墓だったことを知ることになる。


石巻では、心配する家族らを助けに戻り、命を落とした人が多かったことから、遠藤さんは「安全な場所に避難できたら、絶対に下へ降りないで」と何度も強調。自身は足腰が弱い父親を連れて避難するため、とっさに車で逃げる選択をしたが、車で避難しないよう注意を促し「地震や津波はいつ、どこで起きるか分からない。まずは早く、高い所へ逃げて。普段から防災について話し合い、家族で『ここに集まろう』という場所を決めておいて」と伝えた。