「一本釣り」の歴史と今

前号では、潮流にもまれることで疲労骨折がおき、鯛の背骨にコブができる「鳴門骨」を取り上げた。紀伊水道周辺に位置し潮流が速い兵庫の明石、徳島の鳴門と共に名が知れた和歌山の加太では、1000年以上の歴史を持つ「一本釣り」と呼ばれる伝統漁法が現在も息づいている。今週はこの漁法と豊かな漁場を育む地域の特性を紹介したい。
鯛の一本釣りは、一般的に竿を使わず「ガラ」と呼ばれる木枠に巻き付けられた1本の糸を漁師の右手人差し指にかけ、先端に付けた疑似餌に鯛が食らい付いた瞬間に、糸を手繰り寄せるというもの。およそ水深70㍍にまで糸を垂らす。
他の漁場では底引き網を使い、鯛以外のヒラメやエビなどと一緒に捕獲する漁法が多いが、加太では1匹ずつ釣り上げる。釣り上げられた鯛はすぐに船内のいけすに入れられる。魚が感じるストレスは鮮度や味を大きく左右するといわれ、さらに出荷前の下処理で、鯛の血抜きと神経締めを行うことが重要。これにより死後硬直を遅らせイノシン酸を増加させることができ、うまみを持続させる効果があるという。また、網での捕獲と比べて傷が付きづらいという利点もある。
魚が集まる魅力的な漁場であるためには、近くの山々の効果が大きいとされる。雨により山から川や海へ流れ込む栄養分によりプランクトンが育ち、そこへ魚が集まってくる。近年では山の環境整備に着目され、地元の方々が近郊の山々にアジサイを植樹するプロジェクトが始動。既に1万本以上が植樹されているという。
また、県外からの移住促進の一環として、一本釣り漁師としての就業支援を行う自治体の取り組みも。1000年続く伝統漁法とこの地域ならではの鯛の味わいを、後世に伝えたい。(次田尚弘/和歌山市)

