空から狙われた通学路 語り継ぐ記憶、中井文夫さん

設立キックオフ会議に参加した関係機関のメンバー
過酷な戦時下の暮らしを振り返る中井さん

小学校に通う道すがら、頭上で「ゴオオオオ」という音が鳴り響いた。ふと見上げると、アメリカの戦闘機グラマンが低空で旋回している。敵機は容赦なく、通学中の子どもたちに向けて機銃掃射を浴びせてきた。

「ものすごい勢いで、あちこちを撃ちまくるんです。顔が見えるほどの距離でした」

恐怖で足がすくんだ。中井さんは近くの川沿いにある木々の間へ必死に隠れ、息を殺してやり過ごした。

のどかな田舎道が、一瞬にして死と隣り合わせの戦場に変わる。そんな過酷な日常が、当時の子どもたちには当たり前だった。

さらなる悪夢は、7月9日の夜に訪れた。和歌山大空襲である。家族と共に避難した田んぼから見上げた空は、燃え上がる和歌山城の炎で、まるで昼間のように赤々と染まっていた。

「上空をB29が何機も飛び、街は煙で覆い尽くされました。燃え盛る炎が北から南へと燃え広がっていく光景を、ただ恐怖の中で見つめるしかありませんでした」

あの日から81年という月日が流れた。

「今、世界で戦争が起きているけれど、日本は本当に平和でありがたい。あの時の地獄のような光景を、二度と繰り返してはいけないと思います」