湯川松堂の掛け軸奉納 孫の桝谷さんが玉津島神社に

和歌山県印南町出身の日本画家・湯川松堂(1868~1955)の孫にあたる桝谷耕二さん(78)=大阪府堺市=が23日、松堂が描いた掛け軸2点を和歌山市和歌浦中の玉津島神社(遠北光彦宮司)に奉納した。同神社にゆかりの深い「松に双鶴」と「兎(うさぎ)」を題材にした作品で、桝谷さんは「ゆかりのある場所で多くの方々に見てもらえたら」と話している。
奉納されたのは、松の枝にとまる優美な鶴のつがいと朝日を描いた吉祥画「松鶴延齢図」と、前足を立てた凛とした姿で座る兎を横からの構図で描いた「兎之図」の2点。
同神社は和歌の神様として知られ、724年の聖武天皇の行幸に従った歌人・山部赤人は、和歌の浦の情景をたたえて「わかの浦に潮満ち来れば潟を無み葦辺をさして鶴鳴き渡る」と、鶴を詠んだ和歌を残している。境内には天然記念物の巨大な「根上り松(鶴松)」があり、さらに、祭神の息長足姫尊(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)は卯(うさぎ)の年・卯の月にちなんで合祀されている。桝谷さんは同神社の由緒を知り、作品の題材との深い縁を感じて奉納することを決めた。
松堂は明治元年、印南町の染物業の家に生まれた。同34年(1901)に小松宮彰仁親王の別邸「楽寿館」(静岡県三島市)の杉戸絵を手がけ、親王から「楽壽」の号を賜り、明治末には宮内省の命で岩倉具視の一代絵巻を制作。手がけた杉戸絵が明治天皇から伊藤博文に下賜されるなど、皇室ともゆかりが深かった。大阪画壇の重鎮として活躍し、四天王寺の鐘楼の天井画を描き、最晩年には同寺に「雲龍猛虎図」を奉納している。
桝谷さんは23日、夫妻で玉津島神社を訪れ、松堂を研究する印南町ふるさと歴史文化研究室の坂下緋美代表も同行。拝殿で掛け軸を広げ、遠北宮司、遠北喜美代権禰宜が奉納の神事を執り行った後、桝谷さんに感謝状を贈った。
桝谷さんは「奉納を喜んでもらえて良かった。ゆかりの玉津島神社で、末永く見ていただけたらうれしい」と笑顔を見せ、遠北宮司は「湯川松堂の作品を次の世代につないでいきたいとの桝谷さんの思いはありがたく、奉納していただいて感慨深い。末永く大切にし、掛け軸を通して和歌山の文化の素晴らしさを知っていただけるようにしたい」と話した。



