甲子園に魔物を見た 高校野球回顧②
甲子園には魔物がすむといわれている。それは、3―5の2点差で迎えた9回表一死2塁の場面で突如現れた。打席には、ここまで2安打の渡部海捕手。初球を見送った際、巻き上がった土煙が浜風に乗り、打者の目を襲った。そして、2球目の高めのスライダーを打ち上げ、逆転の芽を摘まれた。
智弁2連覇の夢を打ち砕いた國學院栃木のスローガンは捲土重来(けんどちょうらい)。一度敗れたり失敗したりした者が、再び勢いを盛り返して土煙のごとく巻き返すことの例え。マウンドで土煙が勝負どころで巻き上がった時、筆者は「あれが魔物か」と手が震えた。過去に2度、智弁に敗れた國學院栃木の執念ともいえる。
1回裏、國學院の攻撃、中谷仁監督がベンチから渡部に「(相手打線は)インコース狙っているぞ」と声を掛けるも、4番平井悠馬主将に内角をさばかれ安打を許した。この打席だけでも相手の対応力が際立っていたのが分かった。
勝敗を分けたのは3回表。二死1、3塁の勝ち越しの好機で6番武元一輝が打席に立つと、相手の守備が引っ張りを警戒。内野手3人を1、2塁間に敷いた。武元の打球は二塁ベース左寄りにいた遊撃手のもとに転がり、相手の術中にはまった。
國學院栃木吹奏楽部が奏でるドボルザークの交響曲第9番「新世界より」第4楽章。同部独自の迫力ある応援にのまれてしまったことも否めない。
あと一本出ていれば―。そんな思いを打ち砕いたのは、8回裏の被弾。平井の本塁打を見送る左翼手山口滉起の視線は、夏の別れを告げるものとなり、筆者も打球の行方を追う時間がとても長く感じられた。
(太田陽介)