伊勢路旅(33)三重県松阪市④
前号に続き、御城番屋敷の保存に尽力した田辺与力の活躍と、御城番屋敷周辺の魅力を紹介したい。
かつて紀伊田辺藩・紀州徳川家付家老の安藤氏の与力から不名誉な形で浪人となり、さまざまな苦労を重ねてきた田辺与力であったが、紀州徳川家への忠義と再仕官のために力を尽くした海弁和尚への感謝の念を忘れず、御城番屋敷近くに徳川頼宜公(南龍公・南龍大神)を祭る「南龍(なんりゅう)神社」を松阪城本丸跡から移築し、毎年法要が行われている。
南龍神社はかつて和歌山市にあり、その分社として建てられたという。本宮は紀州東照宮に合祀され祭神(南龍大神)として祭られている。なお、和歌山県有田市にある南龍神社も同じく徳川頼宜公を祭る神社。ここでは徳川頼宣公が古座町の漁夫に舟を与え矢櫃浦に住まわせ、伊勢エビの養殖を勧めるなど地域の振興に感謝した住民らにより建てられ、現代でも紀州徳川家の長保寺に頼宜公の好物であった小豆を持って参詣する習慣が残っており、徳川頼宜公への忠義の心が紀州藩領に広く存在していたことがうかがえる。
南龍神社の他に、三重県指定有形文化財の「土蔵」が同地(東隣)に建つ。かつて、松阪城内の隠居丸に建てられていた米蔵を明治初期に移築したという。米蔵と共に建造された道具蔵(2棟)は解体されており、松阪城にまつわる建造物としては唯一現存するものとして大切に保存されている。
御城番屋敷、南龍神社、土蔵などが建ち並ぶ松阪城の旧三の丸エリアは自由に見学でき、御城番屋敷の1軒は内部が一般公開されている。同エリアは一般の方々の居住地であるため、マナーを守りつつ、ぜひ散策していただきたい。
(次田尚弘/松阪市)