家康紀行③八丁味噌の魅力発信術

前号では、全国各地の城下町に見られる道路の屈折を多く取り入れたまちづくりの基礎が築かれた、岡崎城下町の「二十七曲り」を取り上げた。まち歩きコースとして整備された城下町を歩いてみた。

岡崎は「八丁味噌(はっちょうみそ)」の名で知られる赤みその特産地。みそ蔵が建つ「八丁蔵通り」があり、製造行程を学べる施設や食事処には団体の観光客らが多く訪れる。

八丁味噌は「二夏二冬(ふたなつふたふゆ)」というみそづくりにしては長い期間をかけ天然醸造させる。みそだるに仕込量の約半分の重石を積み上げるのが特徴。湿気が強い地域であることから水分を減らし保存が効く工夫といわれ、特有の濃い香りが特徴。

「八丁」の名は、岡崎城から西へ八丁(約870㍍)に位置する旧・八丁村(現・八帖町)で造られたことに由来するという。八丁味噌の老舗メーカーの創業は古いところで600年以上。保存が効くという利点や栄養価が評価され、三河武士の兵糧として重宝されたという。

後に、東海道がみそ蔵の前を通るようになり、参勤交代の大名行列やお伊勢参りの人々が行き交い、東海道有数の宿場町であったことから八丁味噌を口にし味わう機会に恵まれ、幕末のころには岡崎名物の土産品として全国に名が知れるようになったという。

私たち関西人になじみが出始めたのは、昭和30年代に「赤だし」として口にする機会が増えたこと。赤みそ特有の風味とその魅力が全国へ広がった。

近年は「名古屋めし」として、みそ煮込みうどんやみそカツが、きしめんなどと並ぶご当地の食の魅力として定着。地域で愛されてきた食文化を人の往来を通じて全国へ浸透させた先人の工夫に感銘を受けた。

みそ蔵が並ぶ「八丁蔵通り」

みそ蔵が並ぶ「八丁蔵通り」

(次田尚弘/岡崎市)